ダウノアへ
さて、これからどうしよう?
とりあえず、町に戻るしかないか。
「ミュウ、もう一度竜になってもらえるか?」
「んう」
再び竜となったミュウに跨り、街道の上を飛び、ダウノアを目指した。
馬車では半日を要したが、三十分ほど飛行すると前方に町が見えて来た。早いッ。
町の人間が、竜なんて目撃したら間違いなく大騒ぎになる。ある程度、町から離れた位置でミュウに着地してもらい、そこからは歩いていく事にした。
「疲れていないか?」
少女の姿に戻ったミュウに、僕はきく。
「みゅあッ」
ミュウは、元気いっぱいな感じだ。
竜にとっては、この程度の距離は余裕なのかもしれない。
町の門前にいる衛兵に、僕は冒険者ギルドの
ミュウには、もちろん身分を証明するものなんてない。ただ、同伴者がいれば子供は基本的に入場可能である。
ミュウの手を引き、ダウノアの門を潜った。
二日ぶりのだけど、すごく久しぶりの気がするな。とりあえず、冒険者ギルドに顔を出すべきか……。
正直、グレンたちに会いたくはない。まあ、気まずい思いをすべきなのは向こうだろうけど。
彼らの行為をギルドに報告すべきだろうか?
おそらく、話した所でまず信じてはもらえないだろう。何せ彼らはランク
冒険者は、完全なる実力社会だ。等級の高低が、そのまま信用度につながる。
そもそも、竜の住む穴に突き落とされて、そこから無事に這い出て来ましたなんて話を信じる人がいるだろうか?
僕だって信じない。
ミュウが、僕の腕をぎゅっと掴んでくる。
「どうした?」
「みゅぅ……」
彼女は、不安そうな顔で僕を見る。
「人がたくさんで、怖いのか?」
ずっとあの穴の中にいたのなら、こんな大勢の人を見るのも初めてだろうな。
もしかしたら、僕以外の人間自体が初めてなのかもしれない。
加えて、人々がミュウに向ける視線はあまり好意的なものではなさそうだ。
まあ、仕方ないか。こんな格好だからな。僕が孤児でも連れて歩いているように見えるのかも。
ミュウに服を買ってあげたい所だけど、あいにくお金なんてない。
何か金目になりそうな物でも……。
僕は、ふと自らの左手首に目をやる。相変わらず、赤錆びた腕輪が嵌ったままだ。
今さらだけど留め金らしき存在に気付く。少し弄ると、腕輪は簡単に外れた。使用前はぜんぜん外せなかったのに。
これ、買い取ってもらえないかな?
あまり期待せずに質屋へ持ち込んでみると、結構な値が付いたので驚いた。
素材自体が貴重なので、使用済みでもそれなりの価値があるらしい。無論、未使用時よりもずっと値は落ちるが、僕にとっては大金と呼べる額である。
これでミュウに服を買ってあげられそうだ。
とはいえ、僕は女性の服なんてこれまで購入した事なんてないから、どんなものを選べばよいのか見当もつかない。当人の好みが聞ければいいのだけれど……。
「んにゅ」
ムリだよなぁ。
裏道で、何かお洒落そうな店を見つけた。ショーウィンドウに飾られているのは、どれも女性向けの服である。
ちょっと、覗いてみるか。
「いらっしゃいませぇ」
奥のカウンターにいる若い女性は、手元に目を落としたまま言った。
店内には、様々な色やデザインのトップスやスカート、帽子等が陳列されている。ファッションにまるきり疎い僕は立ち尽くすのみだけど。
「気に入ったものあるか?」
小声で問いかけると、ミュウはつばの広い帽子を手に取る。
「それ、欲しいのか?」
「はむ」
ミュウは、帽子のつばにかじり付いた。
「バカ、食べ物じゃないよ」
僕は、そっと帽子を元の場所に戻す。
ミュウは、今度はブーツを手に取り中を覗き込んでいた。
うーん、埒が明きそうにないな。
カウンターのお姉さんは、髪も服もピンクで統一しており、いかにもお洒落にくわしそうな雰囲気である。
よし、あの人に意見を請おう。
「あのぉ……」
恐るおそる僕が声を掛けると、店員さんは顔を上げた。
瞬間、彼女はカッと目を見開く。その顔が怒りに染まっていくのがわかった。
ぼ、僕、何か悪い事しました?
もしや、ここは僕たちみたいな者が入ってはいけないお店だったのかも。
店員さんは勢い良く立ち上がると、ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる。その視線は明らかにミュウへ向けられている。
もしや怒りの矛先は、ミュウ?
彼女は、ミュウの両肩をガシッと掴み上から下まで見ると、ワナワナ肩を震わせる。
僕の方へ顔を向けこう言い放った。
「こんな可愛い子に、なんて格好させてるのよッ」
……え?
店員さんは、ミュウを抱えるようにして奥の試着室に連れて行った。そこへ、店内の服を大量に持ち込んでいく。どうやら、中であれこれ着せ替えているらしい。
およそ三十分後。
店員さんに連れられ試着室から現れたのは、目を見張るような美少女だった。
青と白を基調としたブラウスに、プリーツスカート。白のニーソックスに、サンダル。
髪も綺麗に整えられており、灰色のリボンを結んでいた。
「お、お前、本当にミュウなのか?」
思わず、僕はそう問い掛けてしまう。
「にゅ」
……やっぱりミュウだ。
街ゆく人が向けてくる視線が、明らかに先ほどまでとは違う。何だか、僕も誇らしい気持ちになる。
腕輪を売った代金の、半額くらい使ってしまったけど。
ただ、ミュウはまだ人々の目が怖いらしく、僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。
もう日も暮れそうだけど、今朝、果物を食べて以降、何も口にしていない。きっと、ミュウも腹ペコだろう。
ただ、ミュウを人がたくさんいる食堂に連れて行くのは酷だよなぁ。
まず宿を取り、部屋で食事する事にしよう。
「何が食べたい?」
「……おにきゅ」
うーん……、よし、あれにしよう。
ビークサンド。魔獣ビークのパティを、レタスやトマトと一緒に、程よくトーストしたバンズで挟んだこの町の名物料理だ。
お店でそれを二つテイクアウトして、宿の部屋へ持ち帰った。
ミュウは、上のバンズだけ剥がして食べようとするので、僕は慌てて制止する。
「あー、ちがうよ。こうやって食べるんだ。いいか?」
見本を示そうと、僕はサンドに豪快にかぶりつく。ミュウもそれに倣う。
「はむッ」
「うまいだろ?」
「んみゅッ!」
ミュウは、笑顔を弾けさせ、夢中でビークサンドにかぶりついていた。
僕も初めてこれを食べた時は、その美味しさに感動したものだ。
部屋には、ベッドはひとつしかない。
ミュウに譲り、僕は床で寝る事にした。まあ、洞窟の岩場に比べれば、ずっとマシだ。
「じゃ、おやすみな」
「おあすみ」
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