脱出

 み、ミュウが竜になった。


 ……はあああああぁ?


 だ、ダメだ。ぜんぜん理解が追いつかないぞ。


 竜にしては、それほど大きくはない。あくまで、竜にしてはである。

 僕(蝙蝠)よりは、一回り以上は大きいだろう。

 けど、なんで?

 人が、少女が竜に変身するなんて……。


 いや、違う。

 僕はそこで気づく。逆だ。

 ミュウは竜だったんだ!


 そう考えれば、色々と辻褄が合う。竜であれば、ここに棲んでいても何らふしぎではない。むしろ、自然だ。

 それに、ミュウの数々の振る舞い……。思い返せば、人というより竜のそれだったじゃないか。


 僕は、石化している竜に目をやる。

 もしや、ミュウはこの竜の子供なのでは?

 だとすると、逆にある疑問が自然と湧き上がる。

 なぜ、竜が人の姿に変身していたのだろう?


「キュアアァッ!」


 ミュウは、大きな翼を羽ばたかせ縦穴を一気に上昇していく。

 おい、待てよ。

 僕も慌ててその後を追った。

 穴から出ると、竜が地面に降り立っていた。

 つぶらな瞳が、じっとこちらを見つめている。その瞳は紛れもなくミュウのそれだ。

 色々、疑問は尽きない。

 けど、とりあえず今はここから安全に脱出する事を考えよう。


 このまま、ミュウと一緒に外へ出るか?

 ならば、いっそミュウに僕を運んでもらえないだろうか?

 大蝙蝠なんかより、彼女の方がよほど身体も大きいし。

 僕(蝙蝠)は、僕(本体)を足で掴み上げ、ミュウの首の付け根辺りに乗せた。うまい具合に乗った。けど、振り落とされたりしないよなぁ……。


 ええい、一か八かだ。

 僕は、いったん穴の底まで潜る。

 地面に放り出されていた、カバンを足で掴む。コートも持って行った方がいいよな。ミュウが、また人間の姿に戻った時のために。


 穴から出て、カバンとコートをミュウの背に乗せる。また穴の底へとんぼ返り。

 深呼吸して、自らを落ち着ける。

 ……よし。

 ダイブ・アウトッ!


 僕は、ミュウの背中で意識を取り戻した。

 コートをカバンに詰め、背負う。


「ミュウッ、ここから出られるかッ!」

「キュオッ」


 ミュウが大きな翼を羽ばたかせると、その身体がふわりと宙に浮く。

 さらに強く羽ばたき、ミュウは洞窟の中を軽快に飛びはじめる。

 蝙蝠の魔物なんかよりも、ずっと速いぞ!

 僕は振り落とされないよう、必死にミュウの首にしがみついた。

 洞内に出没する魔獣もスルーして、あっという間に外へ飛び出した。


「キュアッ!」


 青い空。眼下に広がる果てしない海のような森。

 うわああぁ。た、高い。

 蝙蝠でいた時は、殊更の恐怖も感じなかったが、今はすげぇ怖い。


「み、ミュウ、悪い。もうちょい低く飛んでくれ」

「キュゥ」


 ミュウは降下し、木々の上を滑るように飛び始めた。

 これでも、十分高いのだが。ただ、竜の背は思いのほか安定しており、うまく跨れば落ちる心配は少なそうだ。

 やがて、樹海が途切れ前方の平原に街道が見えてくる。

 ダウノアへつづく道だ。


「ミュウ、いったん下りてくれ」


 街道の脇に、ミュウはゆっくりと降下した。

 僕は、地面に降り立つ。

 ここまで来れば、とりあえずは一安心だろう。

 ふと見ると、いつの間にかミュウは少女の姿に戻っていた。

 僕は、慌ててカバンからコートを取り出し、彼女に着せる。

 ミュウは、プクゥーっと頬を膨らませている。


「怒ってるのか?」

「んうッ」

「僕が、お前を置いてけぼりにしようとしたからか?」

「にゅぅ」


 ミュウは、寂しそうな顔で俯く。


「悪かったよ。もう、お前を置いて行こうなんてしないから。ゆるしてくれ」


 僕が頭を撫でてやると、ミュウは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「みゅぅ」

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