ミュウの正体

 朝……か、どうかはよくわからない。

 穴の底には、外の光なんてまったく届かないから。

 けど、自然と目は覚めた。僕の体内時計が正確ならば朝のはずだ。


 ミュウは、僕から手の届きそうな地面の上で寝息を立てていた。

 僕が身を起こすと、ミュウも目を覚ましたようだ。起き上がり、大きな伸びをする。


「おはよう」

「……おぅ?」

「お、は、よう」

「おは、おぅ」


 きのうよりは、ちゃんと言えているかも。

 朝のルーティンのように地底湖に向かい、僕は顔を洗いうがいをした。

 ミュウも僕をマネするように、じゃぶじゃぶと顔を洗っていた。うがいはうまく出来ておらず、おまけに水を飲みこんでしまった。


 朝メシは、きのう採っておいた果物を食べて済ませるか。


 鶏は、まだ大丈夫かなぁ?

 匂いを嗅いでみたが、特に問題はなさそうだ。ここは気温がだいぶ低めなので、一晩程度ならば、たぶん平気だろう。


 けど、さっさと捌いて、食べてしまった方がいいよな。くん製にでもできれば、長期保存も可能だけど、生憎それに必要なものがここにはない。


 鶏の毛をむしり、ナイフで頭部と四肢を切断していると、ミュウがすぐ隣でじーっと僕の作業する様子を眺めていた。


「お前も、やってみたいのか?」

「んう」

「けど、お前にはまだ危ないからなぁ。まあ、見ていてくれよ」


 少しすると、ミュウがポツリと言う。


「えぃる」

「ん?」


 ミュウは、僕の顔を見ながら言った。


「えいる」

「うん。それが僕の名前だ」

「なまぇ」

「そう。で、お前はミュウ」

「みゅう」


 この子、結構頭が良いのかもしれないぞ。


「で、これが『お肉』だ」


 僕は、切断した鶏の肉片を示しながら言う。


「おにきゅ」

「うん、で、これが……」


 バサ、……バサ。

 背後で、聞き覚えのある音がした。


 振り向くと、そこにはきのうと同じ魔物がいた。

 大蝙蝠ビッグバッドだ。


 ……て、昨日のヤツよりも大きくないか?

 同じ種類の魔物でも、個体差はあるだろう。が、それにしても大きい。一回りくらいは違う気がするぞ。亜種かもしれない。


「ミュウ、下がってろ!」

「んにゅッ」


 昨日ほどは、焦りも動揺もしていなかった。

 今の僕には、【潜入ダイブ】がある。

 いや、元々あったんだけど、今はその意味と力を理解している。


 改めて、大蝙蝠ビッグバットと対面する。

 やっぱり、でかいぞ。昨日のヤツは僕よりも小柄だった。けど、今、対面しているこいつは僕よりも頭一つぶんは大きい。


「キイィッ!」


 威嚇するように鳴き声を上げると、大蝙蝠はこちらへ向かってくる。

 鋭い爪を向けて、襲い来る魔物を僕は横に飛んで躱す。図体が大きいせいか、昨日のヤツより動きは少し鈍い気がする。

 そのまま、大蝙蝠の背後に回り込み、背中に自分の両掌を密着させる。


「ダイブッ!」


 前回と同様、視界が歪み、撹拌され暗転する。

 視界が戻ると、眼前から大蝙蝠ビッグバットが消え、代わりにミュウの姿が見えた。


 背中に、何かが寄りかかって来る感触。意識を喪失した〈僕〉が、こちらに全体重をかけるようにしながら、人形みたいに地面に倒れこんだ。


 無事、【潜入ダイブ】できたようだ。


 また、外へ出かけてくるか。新たに食料を確保しないといけないし……。

 まてよ。こいつの大きさならば、〈僕〉を持ち上げられるのでは?

 大蝙蝠ビッグバットの足で、〈僕〉の両手首を掴んだ。

 そのまま、思い切り羽ばたく。


 うおおおおおおおぉッ。


 おお、持ち上がるぞ。昨日よりも、ぜんぜん余裕である。

 さらに羽ばたきを強める。

 いける、いけそうだッ!

 〈僕〉の身体をぶら下げた状態で、穴をどんどん上昇していった。

 そのまま穴の外まで到達する。


 よし、脱出できたぞッ!

 とはいえ、ここはまだ洞窟の最深部である。今、「ダイブ・アウト」したら、間違いなく洞窟に棲息する魔獣たちの餌食だ。


 蝙蝠のままで、何とか〈僕〉を安全な場所まで運ぶべきだろう。

 ただ、〈僕〉を運搬しながらの戦闘は危険すぎる。もし、他の魔獣に襲われそうになったら、ひたすら逃げるしかないだろうなあ。

 果たして、うまくできるだろうか?

 正直、ものすごくリスキーな行為に思える。


 それと、もうひとつ問題があった。

 ミュウはどうする?

 連れて行くべきか……、いや、ムリだ。危険が大きすぎる。

 自分の身体ならまだしも、彼女をそんなリスクには晒せない。

 けど、ここに残していくのも心配だよな。

 いったん〈僕〉身体を、穴の淵、グラムの刺さっていたあたりに置く。


 穴の底まで一気に下降する。

 ミュウは、こちらを見上げて待っていた。


 悪い、ミュウ。僕はいったん外へ出るぞ。

 言葉が発せないので、身振り手振りで何とか自分の意思を伝える。


「んにゅ?」


 ミュウは、ただ首を傾げるのみ。うーん、どうすりゃ伝わるんだ。

 僕は、ジェスチャーを駆使して、必死に自らの思いを訴える。


 必ず、また戻って来るから。

 飛行できる魔物にでも【潜入ダイブ】すればそれも可能だろう。


 だから、僕はいったんここから出るぞ。


「みゅぅッ!」


 ミュウの態度と表情からは、明らかに怒っているのが伝わる。

 連れていけって言うのか?

 ムリだよ、危なすぎる。

 ここで待っていてくれ。必ず、食料とかも持って戻ってくるから。

 身振り手振りで、それを伝える。

 じゃあ、な。

 僕は羽ばたき上昇しようとした。


「みゅわあぁッ!」


 悲痛さを孕んだようなミュウの叫び声に、僕は羽ばたきを止める。

 ふりむくと、ミュウは今にも泣き出しそうな顔でこちらを見上げている。


 み、ミュウ。お前……。


 すると、ミュウは、羽織っていたコートをその場に脱ぎ捨てた。

 お、おい、一体何をするつもり……。


 ミュウの裸身が、ぼんやりと白く輝いているように見えた。

 気のせいでも、錯覚でもない。彼女の身体が、光っている。

 ミュウの全身がさらに強く発光し、やがてその輪郭のみしか確認できないほどになる。


 な、何だ。なにが起きているんだ?

 ミュウの輪郭が、急激に肥大化していく。その形状を劇的に変化させながら。

 やがて、ある形を象っていく。

 長い首に、大きな羽……。

 光が収まっていく。

 目の前に現れたのは一匹の蒼い竜だった。


「キュオオォッ!」


 み、ミュウが、竜になった。

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