第35話 伊豆の旅

 陽春の候、伊豆半島をドライブしたことがある。


 南伊豆にある下田温泉に泊まって、翌日は、早めにホテルを出ると、黒船に似せた遊覧船に乗って下田港を一巡りした後、中伊豆へと向かった。


 桜の時期は過ぎていたが、桜で有名な川津から山に向かい川津七滝(ななだると読むそうだが)を徒歩で見て回り、清浄な湧き水でワサビを栽培するワサビ田を目の前にある土産物屋で、これまた太いワサビを買った。


 そして、天城峠を越えて、修善寺に降りてしばらく走ると大場(だいば)という駅の横を通ったとき、以前、来た時に、「提婆駅」と書いてあった記憶があって、ずっと、ここは「提婆(だいば)」だと信じて疑わなかったのである。


 しかしここは、まぎれもなく「大場」という駅であった。


 「提婆」にばかされたのかと不思議な感じであった。


 提婆、つまり提婆達多という人物は、釈迦のいとこであり、弟子の一人であったにもかかわらず、釈迦を何度も殺そうとした挙句に、生きたまま地獄に堕ちたと言われている。


 だが、ばかされたというのは、提婆達多は、あに図らんや、前世では、釈迦の師匠だったという話がある。

 

 提婆は阿私仙人という名前で、釈迦は国王。


 釈迦がその地位を捨てて、阿私仙人を師と仰ぎ、千年と言う長い間、修行をして、ついに悟りを開いたので、釈迦の大恩人ということになる。


 さらに悟りを得た釈迦は、敵対関係となった提婆達多に対して、はるか未来に天王如来として成仏するだろうという記別を与えている。


 いったい、恩人が敵になり、敵が恩人になるという、この関係は何を意味しているのだろうと思うと、何かばかされた気がするのである。


 しかし、今思えば、自分が恩を感じる人というのは、けっして、甘いことばかり言う人ではなかった気がする。


 きびしいことを言われて、「なんだ、この人!」と思った人が、自分の力を伸ばしてくれたのは間違いない。


 となると、提婆にばかされたなんていったら、罰が当たるかもしれないな。


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