第30話 種と人間

 いつも、春先になると花や野菜の種を買ってきて小っちゃな庭にまいている。


 もちろん理由としては、昨年同様、もう一度、ヒマワリの花を見たいなとか、トマトやキュウリなら、今年もがっぽり実をつけてもらって家計の足しにしようかなとか不純な計算まで考えている。


 だが、その一方で、種というものは、たった一粒だろうがひんむいて粉々にすれば、まるっきり脂肪みたいなものだ。


 なのに、土にまいて水をかければ、ちゃんと花を咲かせ実をつけるのだから、おそるべき粒粒であり、あんな小っちゃな一粒の中に、どれだけ成長の情報が詰まっているのか、すごいとしか言いようがない。


 いったい、種って何だろうか。


 まあ、ふつうは、種は植物の生みの親でしょうと言えば話は早いが………


 いわば、種さえあれば、毎年毎年、その植物に出会うことができるのだから、種というのは、植物が繰り返して生きて行くためのもの、つまり、繰り返しってことが大事なのかもしれない。


 この繰り返しの法則は、植物だけに限らず、自然界の多くは、この繰り返しの法則に素直に従って回っている気がする。


 太陽だって、一日もかかさず、東から登るのを繰り返し、今日はや―めた!ということはない。


 日本であれば必ず毎年、季節は春夏秋冬を繰り返し、生き物も素直にその時期に顔を出すから、冬にセミが鳴くことはない。


 ところが、人間様はどうだ!


「同じことを繰り返すなよ!それじゃ、進歩ってものがないぞ!」


「同じことを繰り返してはいかん!そういうのをマンネリ化と言うんだぞ!」


「また、同じもの毎日繰り返して着てるのね!そいうのを着たきりスズメっていうのよ!」


 こうして人間様は、唯一、繰り返しと戦っている。


 人間って、もしかしたら、自然界の反逆児?こりゃ、いったい、どうなってるの……

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