第36話 レイチェルの願いと危惧
「レイチェル、俺は君とずっと手を繋いでいたって構わない」
レイチェルの言っていることは分かる。
でも、死ぬことはない。
俺がいつまでこうやって手を繋いでいれば……
「駄目」
しかし、レイチェルは強い口調で俺の提案を拒絶した。
「私は爆弾なんだよ? 私がアレックスと手を離したら、みんなが死んじゃう。そんな危険を犯して、生きたいなんて自分勝手すぎるよ。それに私はアレックスの人生を縛りたくない。今は良いよ。でも一年後は? 十年後は? いつか一緒にいるのが嫌になるかもしれないよ…………」
レイチェルは俺にギュッと抱きついた。
それがどうした!?
そんなもの構うものか!
俺が君を嫌いになるなんてありえない!
一緒にいたいんだ!
物語の主人公なら迷わずにそう宣言するかもしれない。
でも、俺は咄嗟にそんな無責任で、根拠のない自信に満ちた言葉を口にすることは出来なかった
「ねぇ、アレックス、昼間も言ったけどさ、もしよかったら、私を抱いて良い、よ…………?」
言いながら、レイチェルはさらに体を押し付けた。
「私も興味あるし、死ぬ前に一回くらいしてみたいかな…………って。本当は小説みたいにアレックスが襲ってくれると思ったのに現実は中々、そうはいかないね」
「もしかして、君がずっと誘惑みたいなことをしてきたのは…………」
レイチェルは自由になっている左手の人差し指を俺の口に当てた。
「それは恥ずかしいから、言っちゃ駄目。出来る限り、やりたいことをしたかったんだよ。他にもやりたいことがあったのになぁ…………勇者ってね、魔王を打倒したら、願いを一つ叶えてもらうっていう報酬があったんだよ」
多分、レイチェルは聞いて欲しかったのだと思う。
「何を願ったんだい?」
俺が聞くとレイチェルは微笑んだ。
「王族としての全ての権利の放棄」
「えっ?」
「私はね、自由になりたかったの。小説みたいに自由な恋をしてみたかった。そして、結婚して、子供を作ってね……それからそれから…………」
レイチェルは泣き始める。
もう叶うことのない夢。
それは夢というには平凡だった。
願って努力すれば、叶えられること。
しかし、レイチェルにはそれが出来ない。
「ごめん、なさい……泣くつもりなかったの」
「…………」
何も言えなかった。
俺は無言でレイチェルの頭を撫でる。
「ありがとう……」
別に俺は感謝されるようなことをしていない。
やがて、レイチェルは泣き疲れて寝てしまった。
彼女と繋いでいる手を見つめる。
この手は呪いを止めることは出来ても、完全に打ち消すことは出来ない。
俺は寝たような、寝てないような状態で朝を迎えた。
まだ目を覚まさないレイチェルの寝顔を眺める。
こう見ると普通の女の子だ。
17歳の少女が魔王を倒して、人々に知られることなく、自決しようとしている。
「襲わなかったね」
レイチェルは目を覚ますと少し寂し気にそう言った。
「――襲うはずないだろ」
「そっか…………さてと昨日、お父様には話をしてあるから今日の午前中には出発したいんだけど、大丈夫?」
レイチェルは街へ買い物に行くような軽い口調で言う。
でも、彼女が向かう先は終焉の場所だ。
「…………」
「アレックス、そんなに悲しそうな顔をしないでよ。私は感謝しているよ。こうやって人生を延長できて、お父様に会って最期の時間を過ごせたし、それにアレックスといた時間は楽しかった」
「だったら、やっぱり、これからも一緒にいないか? そうだ、どこか人のいない場所で二人でさ、そうすれば…………」
「駄目だよ。そんなことをしたら、アレックスの人生が台無しになっちゃう。戦争が終わって、アレックスの人生はこれから一番楽しくなるはずでしょ」
17歳の少女が20歳の俺に言う。
「それにちょっと怖いの」
「怖い?」
「このまま一緒にいたら、いつかアレックスが私のことを嫌になるかなって…………」
レイチェルは昨日と同じ言葉を繰り返す。
そんなことはない、って言うんだ。
何かが変わるかもしれない。
そう思って、俺が口を開けると、
「そんなことはない、ってアレックスは言うよね」
レイチェルが先回りして、俺が言おうとしていたことを口にした。
「でも、やっぱり怖いの。それに私がおかしくなるかもしれないし」
「おかしくなる?」
「一つ、私たち勇者が知ってしまったことを教えるね。魔王って元々は人間だったんだよ」
「え?」
「魔王はね、元々、魔術に優れていたことを除けば、普通の人間だった。人望もあって、彼の元には人々が集まって、誰もが彼のことを称えた。だけど、彼には恐ろしいものがあったんだ」
「恐ろしいもの?」
「老いだよ。彼は老いて、死ぬことを恐れた。だから、不老不死の研究に没頭するようになって……そして、研究の果てに不老不死を可能にする『石』を完成させて、彼は人間をやめた。それが魔王だよ。それでも初めは人の心を失わずにいたらしいよ。でも百年が過ぎた頃にはおかしくなり始めて、最後には自分の強大な力に溺れて、魔王になってしまった。……アレックス、私はね、私自身が第二の魔王になるんじゃないかって心配しているの」
「君が魔王? そんなのありえない」
「うん、今は私だって、そう思う。でも、こんな力を持っていたら、今後、どうなるか分からないよ。もし、アレックスが先に死んで、その時に私が死にたくないって思ったらどうなるかな? 『勇者の戦闘力』と『魔王の呪い』を持つ私を止められる人がいると思う?」
「………………」
「今なら私はまだ死ぬ決心があるよ」
レイチェルは震えていた。
彼女の言葉は正しいのだろう。
俺が死ねば、レイチェルには死ぬか、災厄になるかの道しかない。
俺はレイチェルの説得が不可能だと悟った。
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