第20話 呪いの解析結果
翌日。
「おはよう、レイチェル」
「…………」
レイチェルは無言だった。
昨晩、からかい過ぎたことや会話を強制的に終わらせたことに対し、怒っているのかと思った。
「アレックス、あのね……」
レイチェルはもじもじとしていた。
トイレかと思ったが、「水浴びをしたいんだけど……」ととても恥ずかしそうに言う。
………………あ。
「君って凄いな。両手が空いていたら、拍手をしていたよ」
言った瞬間、レイチェルの顔は真っ赤になる。
昨晩の会話があったのに、水浴びがしたいなんて言うとは思わなかった。
「私だって、昨日は我慢しようとしたよ! でも、目を閉じるとアレックスが私の股間に顔を埋めたのを思い出して、興奮して寝れなかったの! 左手で頑張ったんだよ!」
そんな頑張りを報告しないでくれ。
さすがに開き直り過ぎじゃないだろうか?
「性欲魔王……」
「ちょっと、仮にも私は勇者だよ!? 魔王は酷くない!?」
レイチェルは涙目で抗議する。
「とにかく、水浴びだね。…………」
俺は自然とレイチェルの左手に視線を向けていた。
「ちょっと今、私が昨日したことを想像しながら左手を見たでしょ!?」
すぐにバレてしまった。
レイチェルは左手を隠す。
「そんなはずないだろ! さぁ、早くしてくれ! 村に戻らないといけないんだからさ!」
「あっ、ちょっと!」
俺はこれ以上の追及をされないようにレイチェルの手を引っ張って川へ連れて行く。
そして、水浴びをし、朝食を食べてから再び村へ向かった。
「やぁ、お二人さん、昨日はお楽しみだった…………?」
ジェーシを訪ねると彼女はかなり疲れているようだった。
眼の下に酷いクマが出来ている。
いや、お楽しみだったのはレイチェルだけで…………いたた!
別に何も言っていないのに、レイチェルは繋いでいる手をぎゅ~~~~、と強く握り、俺を睨みつける。
大丈夫だって、ジェーシに言うわけないだろ。
「二人とも仲が良さそう。私は若い体を持て余しているのに…………」
ジェーシは恨みの籠った声で言った。
「その様子だと徹夜したのかい?」
「そうよ。一睡もしてないわ」
「……それは悪いことをしたね」
「気にしないでくれるかしら。あなたからの頼みを断ったりはしないわ。…………解析結果は中で話すわね」
ジェーシの声が少し暗くなった気がした。
俺たちは客間へと通されるのだが、俺はレイチェルと一緒にそのまま台所へ向かう。
そして、コーヒー豆を見つけた。
俺はコーヒーを三人分淹れて、客間へ戻る。
「どうぞ」
「ありがとう」とジェーシがコーヒーを受け取り、口を付けた。
「相変わらず、あなたの淹れるコーヒーは美味しいわね」
「そりゃ、どうも。……でもレイチェルの口にはあわなかったみたいだね」
レイチェルは苦々しい表情をしていた。
「そ、そんなことはないよ。お、おいしいな……」
とは言ったが、二口目を付けることに躊躇っているようだった。
俺はクスリと笑い、砂糖の入った小瓶をレイチェルの目の前に置く。
「別にいらないよ」とレイチェルはムスッとした様子で答えた。
「そう? 俺は使うけどね」
「そ、そうなの?」
「別に普通だよ」
俺が砂糖を入れるとレイチェルも真似して、砂糖を入れる。
今度は好みの味になったようで頬が緩んでいた。
「まったく本当に仲が良いわね。あなたたち、このまま一生、手を繋いでいた方が良いじゃないの?」
コーヒーを飲んだからか、少しだけ眠気が解消されたジェーシが言う。
「そういうわけにもいかないだろ」
「そう、よね……」
ジェーシの声がまた暗くなる。
「どうしたんだい?」と俺が尋ねるとジェーシはコーヒーを一気に飲み干した。
「二人とも落ち着いて聞いて頂戴」
ジェーシは俺を真っ直ぐに見る。
俺は直感で悪いことを言われると感じた。
「恐らく、この呪いはどうやっても解呪できないわ」
ジェーシは勿体ぶることも無く、遠回しな言い方もせず、単純明快な結論を言った。
俺は即座に何かを言えなかった。
「アレックス?」とジェーシが俺の顔を覗く。
「大丈夫、聞こえているよ。ジェーシ、その結論に訂正の可能性はないかい?」
「ないわ。アレックス、レイチェル、あなたたちは魔王にかけられた呪いが一つだけだと思っているみたいだけれど、違うのよ。呪いは二つ、かけられているわ」
「二つだって?」
「そう、二つ、一つ目はもう気付いていると思うけど、周辺の生き物の生気を吸い取ってしまうもの。そして、もう一つは、一つ目の呪いを解呪した時にレイチェルの魔力を暴走させる呪いよ」
「二つ目の呪いが発動したら、私はどうなるの?」
レイチェルの声は少しだけ震えていた。
「爆発、のようなことが起きると思ってもらえれば、分かりやすいかしらね。あなたほどの魔力を持つ人が暴走すれば、周囲は焦土と化し、被害範囲は予想できないわ。もちろん、あなたも死ぬ。骨の一欠片も残らないでしょうね」
「そうなんだ……」
レイチェルは俺と繋いでいる手をギュッと握った。
「二つ同時に呪いを解くことは出来ないのか?」
俺が言うとジェーシは首を横に振る。
「魔王の呪いは一つずつだって、最上級の解呪師が集まらないと無理だと思うわ。それを同時に二つなんて不可能よ」
「そうか……」
俺たちは少しの間、沈黙する。
「もし、私の言ったことが信じられないなら、他の人を当たってみてくれるかしら」
ジェーシはそう言うが、彼女の呪いに対する知識と技術のことは知っている。
俺はジェーシが間違っているとは思えなかった。
「そうだね。私の実家へ到着したら、もう一度、お父様の紹介で呪いの分析をしてもらうことにする」
レイチェルが言った。
「そうね。私一人の意見よりもその方が良いわ。でも、レイチェル、あなたはもし結論が変わらなかったら、どうするつもりなのかしら?」
ジェーシは心配そうに言う。
「大丈夫。実は解決方法はもう考えるの」
レイチェルは苦笑した。
ジェーシは少し考え、ハッとした表情になる。
「そう、なのね……」
レイチェルとジェーシの二人は言葉以外で何かのやり取りをしたようだった。
「アレックス、レイチェルの放すんじゃないわよ」
ジェーシの口調は強かった。
「ああ、大丈夫だよ。離さない。ジェーシ、突然押しかけて、無茶を頼んで悪かったね」
「良いのよ」とレイチェルは言い、ジェーシは机でうつ伏せになる。
どうやら限界のようだ。
俺は毛布を背中にかけて、ジェーシの家を出ようとした。
「アレックス、たまには即決しなさい。そうしないといけないこともあるわよ」
立ち去る寸前にジェーシが呟いた。
「どういうことだい?」
「…………」
本当に寝たのか、寝たふりなのか分からないが、ジェーシはそれ以上何も言わなかった。
村を出る時、村の人たちからジャイアントオークを倒したお礼として、色々なものを貰う。
ほとんどは食料だが、レイチェルの食欲を考えるとありがたかった。
「戦争は終わったんだ。今度はゆっくり戻って来いよ。もしかしたら、そっちのお嬢さんはお嫁さんになっているかもしれないな!」
おじさんはガハハ、と豪快に笑う。
「だから、そう言うんじゃないですって。じゃあ、また」
村の人たちに別れを告げて、俺たちはレイチェルの故郷を目指して再出発した。
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