第19話 会話
俺とレイチェルは村から十分に離れた場所で野営をする。
「アレックス、ごめんね」
二人で寝巻に入った後、レイチェルが申し訳なさそうに言った。
「急にどうしたんだい?」
「だって、折角の里帰りなのにこうやって村を離れないといけなくて…………」
「そんなこと、気にしなくていいよ。この件が解決したら、ゆっくりするつもりさ。それよりさ、今更だけど、勝手に軍を抜けたことはヤバいよな」
あの時は気持ちが昂っていたので決断してしまったが、バレたらまずいことになるだろう。
「軍を抜けたことは心配しないで大丈夫。お父様に言えば何とかなると思う」
「何とかなるって、レイチェルって貴族だったりするの?」
あまり考えずにした俺の質問に対し、レイチェルは真剣に考える。
「う~~ん、そんな感じかな。でも、気を使わないでね。今の距離感が私は好き」
レイチェルは少し不安そうだった。
「今更、接し方は変えられないよ」と俺が返すとレイチェルは安心しているようだった。
実はレイチェルが貴族ではないかとは薄々思っていた。
レイチェルのお母さんも元々はメイドだったって言っていたし……
「うん、ありがとう。…………私ね、アレックスに会えて本当に良かった。本当なら魔王から呪いを受けた時、自決しないといけなかったのに、こうやって人生を延長できて、とても穏やかに過ごせる時間をもらえた」
「大袈裟だよ。俺に呪いを打ち消すことは出来ない。だから、君にこんな不便な生活をさせているしさ」
「でも、慣れてくると楽しい」
レイチェルは笑った。
「恥ずかしいこともたくさんあるけど、誰かとこうやって旅をするのってやってみたかった。それに友達も初めて出来た。…………ねぇ、アレックス、私たちって友達、だよね?」
レイチェルの言葉には何か引っかかりがあった気がする。
「……そうだね。友達だよ。変わった出会い方をしたけどね」
でも、俺はその引っ掛かりには触れず、レイチェルの言葉を肯定した。
レイチェルは微笑む。
「うん、本当に変わっている。あっ、そういえば、昔ね、拘束用の魔道具でお互いの手首を拘束された二人の小説を読んだことがあったの」
「…………」
もう慣れたけど、レイチェルはこんな感じで、いつも突然、自分の好きなことを話し始める。
いや、好きなことを話すのは良いけど、話題が大体、官能小説の内容とか感想なのはちょっと反応に困るなぁ…………
「アレックスは本当に理性が強いね。その小説の二人は手錠をされた日の夜には合体していたよ!」
レイチェル、君、日に日に遠慮なく官能小説の内容を話すようになってきているからね。
俺はなんて返したらいいんだい?
じゃあ俺たちも合体する、とか返答すればいいのかな?
…………いや、止めておこう。
「そういう小説ならヤらないといけないからでしょ。現実はこんなものじゃないかな。小説みたいなことは起こらないよ」
うまく返したと思ったのに、
「でも、アレックスは私の股間に顔を埋めたよね? 小説みたいに」
ジャイアントオークと戦った後のことを指摘されてしまった。
「それは忘れるんだ」
「あんなの忘れるなんて無理だよ」
それは同感だ。
俺だって鮮明に覚えている。
「こんなに共同生活が続くとアレックスも溜まってくるものがあるでしょ? 大丈夫だよ。私、何も聞かないふりをするから。それにほら、今日はアレックス、右手を使えるよ」
あまり意識していなかったが、今日は俺の左手とレイチェルの右手を縛っていた。
「変な気を使わないでくれ」
いや、確かに正直、我慢をしていることはあるけどさ……
「余計な気遣いをしなくいいから。俺は絶対に屈しない」
隣にレイチェルがいる状況で何かをする気にはなれない。
「屈しない、ということは我慢しているってことだよね? 我慢は良くないよ」
レイチェルはとても強く勧めて来る。
というか、俺にはこれだけ言うのに自分は平気なのだろうか?
…………いや待てよ。
さっき「アレックスも」って言ったよな?
「レイチェル、君は俺が寝た後、俺の周囲に『防音魔法』をかけてないよな?」
言った瞬間、楽しそうに俺をからかっていたレイチェルの表情がスーッと真顔になって、そして、視線を逸らした。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
「…………」
しばらくの沈黙後、
「…………今日も『防音魔法』を使って、するのかい?」
と言ってみる。
「ちょっと待って。今日も、って言わないで。毎日はしてないよ!」
――レイチェルは簡単に自白した。
「何かはしているんだね?」
「……!? 巧妙な罠に嵌められた!」
「いや、全然、巧妙な罠じゃないから。それにまぁ、思春期だし、それくらいはいいじゃないか」
「待って! 私が自○行為をしているって決めつけないで!」
「!?」
俺が躊躇って言わなかった単語を迷わず言ったよ。
レイチェルって凄いな。
なんだか、少し面白くなってきてしまった。
「そういえば、朝一で水浴びがしたい、って言った日が何度もあったよね?」
「!?」
レイチェルの手に力が入った。
どうやら当たりらしい。
「だって、こんな小説みたいな状況だよ。興奮しないわけないよ! だから、ね、ほら、アレックスもしていいんだよ。私はそれをオカズにするから! そして、私がオカズになる。良い循環だと思わない!?」
「開き直って、とんでもない提案をしないでくれるかな!? 思うわけないだろ!」
何が良い循環なんだ!?
それにオカズとか言うな!
オカズにするな!
オカズになろうとするな!
「そんなことををしたら、君の好きな小説の展開まで進むかもしれないからな!」
俺はレイチェルが「それは困る」とか言うことを期待した。
「………………」
でも、レイチェルは真剣に悩み始める。
「――よし、寝よう」
俺はレイチェルと逆側を向いた。
「えっ? まだ、私何も言ってないよ」
あまり隙を見せられると本当に一線を越えてしまいそうだ…………
少しの間、レイチェルは話しかけてきたが、俺が完全に対話を拒否していると分かると諦めた。
辺りが静かになると自然と睡魔に襲われて、いつの間にか寝ていた。
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