第21話 センドの街
俺たちはレイチェルの故郷、センドの街へ向かう旅を再開した。
俺もレイチェルも呪いについてはあまり口にしようとはしない。
深く考えて、これ以上、気持ちが沈むのは嫌だし、楽観して「大丈夫」なんて言えることでもない。
幸い、レイチェルはそこまで暗くならなかった。
普通に食事をするし、会話もする。
まぁ、ちょっと油断すると会話が官能小説のことになるのは正直反応に困るけどさ。
というか、レイチェルは官能小説にしか興味が無いらしく、俺が士官学校時代に読んだ有名な小説のタイトルをいくつか挙げてみたが、まったく分からないようだった。
一体どうすれば、普通の小説を経由しないで官能小説に辿り着くのだろうか?
レーテ村を出発してから十日後、俺とレイチェルは彼女の故郷であるゴシユア王国領のセンドの街へ到着する。
ここはゴシユア王国国王の弟が統治する街だ。
ゴシユア王国は諸国の中で二番目の国力を有している強国で、国王フェルナンド陛下は名君と評される人物である。
それにセンドを統治する王弟のフリード殿下も有名だ。
一代でこの街を王都に次ぐ第二の都市に発展させた。
これだけ兄弟で優秀だと王族は争うことが多いのに、両者の関係が良好なことは諸国に知れ渡っている。
フェルナンド陛下は「もし、私に何かあれば、弟に王位を継承させる」と宣言しているほど、弟のことを信頼しているらしい。
「軍の方ですね。それではネームプレートを提示して頂けますか?」
と門前で衛兵に言われた。
俺はプレートを衛兵に渡す。
衛兵はプレートを特殊な魔道具にはめ込んだ。
こうすると名前以外の情報が明らかになるようになっている。
「出身国、所属、姓名、階級をお願いします」
「ルガルド王国出身、第十三補給部隊所属、アレックス・ロード大尉です」
ここへ来る前に立ち寄った他の街でも身分証明を求められることはあったが、『脱走兵として指名手配とかになっていないだろうか?』、と毎回心配になる。
でも、その心配は今回も杞憂だったようで、
「はい、確認が取れました。通過して大丈夫です」
衛兵に言われた瞬間、俺はホッとした。
俺とレイチェルは門を潜って、街の中へ入る。
「凄いな……」
街には何度も立ち寄ったが、こんなに栄えて、人が溢れているのは初めて見た。
それなのにレイチェルは、
「そうかな? 戦争のせいで人が少ない気がするけど……」
と言う。
これで人が少ないだって?
じゃあ、平時はどれだけ賑やかなんだ?
「えっと、これからどうするんだい?」
俺はとても間抜けな質問をしてしまった。
どうする、ってレイチェルの実家へ行くに決まっているじゃないか。
人の波に圧倒されて、あまり頭が働いていないらしい。
「う~~ん、とりあえず、どこかで馬車を売ろうかな。もう、持っていても仕方ないし…………」
「あっ、そっか……」
そういえば、センドへ来る為に購入した馬と馬車だったなぁ。
「…………」
俺は二頭の馬に視線を向ける。
ここまで連れて来てくれたことには感謝しているし、愛着もあった。
「あはは、やっぱり売るのはやめようかな」とレイチェルが言う。
「えっ?」
「だって、アレックスがとても切なそうな表情で馬を見つめていたから。一旦、どこかに預けて、アレックスが故郷へ帰る時に連れて行って良いよ」
「いや、でも、馬は君のお金で買ったんだし……」
「いいの。私がアレックスにあげたいの。でも、目立つし、街で動くには邪魔になっちゃうから、どこかに預けないと。確か、東の区画に馬車とかを預かってくれる商店があったはずだよ」
レイチェルに言われて、東の区画へ移動を開始する。
俺は街の雰囲気に慣れ始めて、周りを見始めた。
すると「王都で戦勝祝賀会が行われる」という話が民衆の会話から聞こえて来た。
――――それに〝勇者レイチェル〟の追悼式典が行われるも。
「変な気分……」
レイチェルは周囲に防音の魔法をかけてから、俺に話しかける。
「私は生きているのに、死んだことになっている」
レイチェルは悲しんでいるとか、怒っているとかではなく、本当にただただ不思議そうだった。
俺はレイチェルの言葉に対して、「そうだね」と言いながら、率直な疑問を感じた。
俺が何かを考えていることに気付いたレイチェルが「どうしたの?」と尋ねる。
「いやさ、何だが、みんな他人事じゃないかい? 君はこの街の出身の勇者なのに、街全体からはそれを感じられないよ? 本来なら、街全体で君の功績を称えるんじゃないのかい?」
俺が疑問を口にするとレイチェルは笑う。
「だって、〝勇者レイチェル〟がセンドの街の出身、って知っているのはごく一部の人たちだけだもの。レイチェルっていうのも、勇者になってから名乗り始めた名前だから、この街の人たちは何も知らないよ」
「そうなんだ……でも、どうして?」
「う~~ん、均衡を保つ為かな?」
「均衡を保つ為?」
「もう少しでバレちゃうけど、私の家って結構、位が高いの。私が勇者に選出された、って国の内外に公表されちゃったら、ゴシユア王国の均衡が崩れるかもしれない。だから、私は身分を隠して勇者になったの」
説明するレイチェルの表情はとても大人びて見えた。
俺には分からない上流階級の面倒事があるのかもしれない。
会話をしている内に東の区画へ到着する。
レイチェルは馬と馬車を預けられる場所をすぐに見つける。
「さてと、じゃあ今度はどこかでご飯を食べようかな」
レイチェルがそんな提案をする。
「えっと、実家には行かないのかい?」
「行くのは夜かな、昼間はちょっと目立っちゃうの。ほら、行こ」
レイチェルは歩き出す。
さすがに生まれ育った街なので、土地勘がある。
レイチェルは入った店の料理はどれも美味しかった。
食事を終えて、少し街を歩いている内に日が沈み、辺りが暗くなる。
夜になるとさすがに人通りも減って来た。
「じゃあ、そろそろ、行こうかな」
レイチェルはやっと実家へ向かう気になったようだ。
正直、何故、レイチェルが夜を待たのか分からない。
これも上流階級ならでは、何かがあるのだろうか?
「着いたよ」
レイチェルは足を止めた。
目前に家はない。
高い塀があるだけだった。
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