6話 迫る軍靴の音
アゾルとルイザが岩屋に移り住んで2ヶ月が過ぎた。
初めの間は魔族の攻撃に怯えながら過ごしていたが、僻地を選んで潜伏したのが善かったのか今のところ主立った荒事もない。
山暮らしもだいぶん慣れたアゾルは、川の深みに仕掛けた籠罠を静かに引き揚げた。
仕掛けの中で川魚が暴れる度に水晶のような水しぶきが跳ね散り、顔や胸元を濡らす。
夏場の岩魚は元気がいい。滋養補給にはもってこいだろう。
鰓に笹の葉を通して吊るすを繰り返し、すべて吊るし終えたアゾルは注意深く周囲に気を配りながらルイザの待つ
この数ヶ月間で、様々なことがあった。
仲間や家族と死別し、悲しみ冷めやらぬうちにルイザと出会い…薄情とは思いつつも、この戦時下を強かに生きる彼女に惹かれた。
彼女とは意見の食い違いで喧嘩をしたことも数しれない。結構な紆余曲折があったが、今となってはそれもいい笑い草だ。
「お前、中に居ろと言っただろう!」
茂みを潜り抜けて我が家に帰りついたアゾルは、入口に佇んで待っていたルイザの姿を見つけると、ひしとその身体を抱きしめる。
「日光に当たっていただけだよ、大事ないさ」
「心配なんだから、な」
「…ありがとう、アゾル」
「分かればいい」
「うん…」
けれどルイザは、アゾルが心配しているからこそ口調がキツくなることをちゃんと知っていた。
この春に祝言をあげた二人は夫婦となったばかりで、しかもルイザの腹には子供が宿っている。
かつて家族を皆殺されたアゾルは、また魔族に家族を奪われはしないかと気が気ではなかったのだ。
「大丈夫、今度こそ大丈夫だよ。ほら、もう中に戻ろう」
青褪めた鬼気迫る表情で立ち尽くすアゾルに微笑んで、ルイザはそっと夫の手を牽く。
思えばいつも牽かれる側だったから、彼の手を牽くのは初めてのことだ。
「…そうだな、ルイザ。…どうかしていたようだ…」
やわい手の感触にゆっくりと、胸に充ちていたインクのような重い不安が溶けていく。
ようやく正気を取り戻したアゾルは、深い溜息を吐きながらルイザの手を強く握り返した。
「いいの。この時世だから、心配になるのは仕様のないことだわ…」
肩を寄せあって感情を吐露することも時には必要なのだと説くルイザの聡さに、ささくれていたアゾルの心は救われた。
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