03

しかし、涙はハンカチに染みずに頬を伝って収束し、やがてコロコロと数粒が床に転がり落ちた。

まるまると転がる真珠を拾い上げたトーラスはエマの傍らに座り込んだ。

涙が真珠に変わる種族は、ただ一つだけ。


「……やっぱり、君はへクセなんだな」


「…っ」


言い当てられて居心地悪そうに肩を窄めるエマに、トーラスはそっと寄り添った。


「でも安心して。ここに暮らすヤツらはみんな知ってる…追い出したりなんかしないからな」


かつてへクセはレネディール大陸の覇者とよばれ、高い技術力と魔術力を保有する、強く優しい種族だった。

静かな暮らしを尊ぶ彼らは決して市街部には降りず、深山の森で暮らしていたが…ある時森を冒してきた人間エダイン・ウルグと長い戦争の末に断絶したと祖父のガルムから聞いていたが…詳しい経緯いきさつはどうあれ、独りが寂しい事をトーラスは嫌というほど知っていた。


「ここに、居ても……いいの?」


「どーぞどーぞ!ここは診療所兼オレん家だから、好きなだけいてよ」


オレあんたのこと好きだし!…と付け加えたトーラスに、エマは面食らう。


「!」


開放的な気風だとは思ったが、こうも開け透けに感情を顕にできるとは───少しだけ彼が羨ましい。


「ずいぶん積極的ね…」


「だって人生一度きりだろ。後悔しないように、自分の気持ちには素直じゃないと。エマはどう?」


グイグイ距離を詰めてくるトーラスに、エマは枕に顔を埋めて答えを濁した。

それはそうなのだけれど、女心は複雑で簡単に答えが出せるほどシンプルにはできていないのだ。


「まあ兎に角、ここで暮らしてみてよ。答えはそれからな」


温かくて大きな手が、頭を撫でていく。

そうだ。彼の言うとおり人生は一度きり。

今までの経験上、一度離れた手はやはり二度と同じ場所に戻ることは無い。

イリザの診療所あの場所を離れた時に、きっとそこで縁も切れたのだろう。

いつまでもウジウジと引き摺らず、ハンクのことは────すっぱり忘れよう。


そう思った時、ふい脳裡にイリザと寄り添うハンクの姿が浮かんできて───どうしようもない怒りがマグマのように膨れ上がる。


バカにされたものね───心を弄んだハンクとイリザ裏切り者を、絶対に許さない!!


エマは荒立つ気持ちのまま、トーラスに今までの経緯いきさつを話してしまった。


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