02


エマが最後の晩餐に作ったのは、ビーフシチューだった。

牛すね肉をこんがり焦げ目をつけて焼いたら一度取りだし、肉の脂で櫛切りにした玉葱と人参、馬鈴薯じゃがいもをしんなりするまで炒める。

次に焦げ目が付いた牛すね肉をデミグラスソースで30分煮込み、柔らかく煮あがったら月桂樹の葉ローリエと野菜を加えて加減をみながら更に煮込んで完成だ。


(戦争が落ち着いたら、田舎で畑を耕しながら彼女と一緒に暮らす。そんな未来も、悪くないかも知れないな…)


テキパキと料理をこなすエマの傍ら、自主的に食器を用意しながらハンクはまだ見ぬ未来を想って相好を弛めた。


「口に合う?」


「ああ」


「味は薄くない?」


「いや、美味いよ」


「良かった…」


暮れ泥んだ静かな夜のアパートに、2人分の団欒が点ってゆれ、やがて緩やかに消えた。



「あ! だめだめ、何考えてるの?!いくら何でも風邪ひいちゃうじゃない…」


貸していたベッドのシーツを替え、寝支度を整え終えたエマは、ソファで寝ようとしているハンクを寸でのところで隣(ベッドの足元に敷いた布団)に引っ張ってきて、「やれやれ」と安堵の溜息を吐いた。


「し、しかしだな…。知り合ってまだ日も浅いだろうに…」


「……は?」


(別に嫌ではないが)そんなことを言われても、今更である。べたべた抱きついたりしたのを忘れたのだろうか?


「四の五の言わずに寝なさいな」


「わっぷ!」


それでも面倒臭くごもごもと言い募る彼にイラついて、エマは一思いにハンクを布団に突き放した。


「…さっきの話の続きだけど、金も住む場所も取られたけど…私の知らない処で同意なく勝手に連帯保証人にされていたのよね」


「れ、連帯保証人だとっ!?」


「あ、それは分かるのね…」


同意なく、勝手に連帯保証人にされたと聞いたハンクは総毛立ちながら歯噛みする。


「長いことずっと裁判所を挟んで不当を訴えていたのよ。それがやっと実を結んでね…。よって契約は無効、今までに発生した借金は叔母一家が責任を果たすように裁判所から通知が郵送されたわ」


どの世界でも共通で、基本的に民法の原則で当事者間で合意が成立していない場合、契約は無効になる。

然るべき場所から沙汰が下されたと聞いて、ハンクはようやく胸をなで下ろした。


「ハア…やれやれ。どうなるかとヒヤヒヤしたが…勝訴して、本当に良かった」


「…で、ようやく自分たちの状況を理解したのか、大学生の従姉妹は大学を中退して働きだしたようなんだけど、それもいつまで続くことやら。まあ、遅かれ早かれ終止符を打つのは私たちこっちなんだもの。明日、せいぜい派手に散ってもらいましょ」


どこか晴れやかな横顔を窺いながら、ハンクはエマの“現状”を思って不安を覚えた。

ストレスから痩せて骨張った体付きのエマ-彼女は現状、ほぼ甚大な魔力だけで辛うじて身体を動かしているに過ぎないようだし、まるで生きること自体を諦めてしまっているかのようだ。

この復讐を果たせば、満足してうっかり息絶える…なんてこともあるかもしれない。

そんな最悪の事態を回避するため、とりあえず彼女の復讐に目処が着いたら戦火の届いていない次元線を選んで療養させようとハンクは秘かに決めた。

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