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「しかしエマ、君はいつからこの世界ここで暮らしていたんだ?」


一息付きながらの何気ない問いかけに、エマは全身の毛穴が開くような落ち着かない感覚を覚えた。


「…? 生まれてずっとだけど、どうして?」


「…今まで、かなり暮らしにくかっただろう? 長く居続けると行動に制限が掛かるみたいだし…自覚症状はなかったか?」


「なに…それ、詳しく教えて」


自覚症状というか“生まれる場所せかい”を間違ったのだという自覚が、物心が着く頃には既にあった。

たしかに今まで、何をしても邪魔が入って大小様々ないざこざの果てに仕事を退職に追いやられたし、過去に大きな事故にも遭った。凡てはその行動制限のせいなのだろうか…?


「多様な事情で、異なる次元線に生まれることは稀にある。その場合、必ずと言っていいほどその世界の人間から異物と認識され、迫害もしくは殺傷されることも少なくない」


並行を保つ天秤の片方に乗る小石が、時と共に質量を増してゆけばたちまち均衡は崩れていく。

その均衡を遵守するため、各世界線には《異分子》を排除する抑止力が働き…摂理としてその抑止力は「災い」となって異分子に降りかかるようになっているのだ。

ゆえに、異分子に待つのは死か消滅…。

今までエマを襲った冤罪や事故は凡てこの、抑止力が元凶だ。

これ以上ここに居たら、エマが危ない。

早く彼女を連れてこの世界ココを離れなければ。…エマや自分のような存在は、いま居るこの世界にとっては「異分子」なのだ。


「…やっぱり、ね…。どこで何をして生きても「違う」って感じてたのは間違いなんかじゃない、正しい感覚だったんだ…私が異物だったから…」


ゆっくりと席を離れ、暮れ泥む窓の外を見つめながら消え入りそうに言ったエマを、ハンクは無言で強く抱き竦める。

触れているせいか、エマの今にも泣き出しそうな感情の起伏が伝わってきた。


エマが悪いわけじゃない。たとえこの世界が否定しても…俺はこの手を離さないし、キミは独りじゃない」


「…ほんと…?」


「ああ。うそではなく、これは芯から言ってる。これからも抑止力の制裁が間違いなく来るだろう。ここは危険だから、できるだけ早く離れなければ」


「抑止力の制裁って……今まで、色んな事故や怪我をしたり…家族が死んだのも、そのせいなの?」


「まさか、家族を…亡くしているのか」


弱々しく頷いたエマを護るように腕に篭め、ハンクは摂理とはいえ理不尽すぎる抑止力への怒りを噛み締める。

彼女は一体、今までどれだけの犠牲を払いながら生きてきたのだろうか。


「その抑止力は私を殺すつもりだったんでしょうね。でも、残念。私は生き残り、家族は…」


代わりに死んだことを悟ってしまったハンクがエマに被せて言葉の行先を封じた。


「言うな。これ以上は言わなくていい……。とにかく、なるべく早めにこの世界を出なくては危険だ。一緒に来てくれるだろう?」


「もちろん…」


温かで、大きな手が差し伸べられる。

ぬくもりを追いかけるようにして、やがてエマの手がハンクの手を握り返した。

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