上書きバレンタイン

上書きバレンタイン

「毎年、ありがとうございます」

「いえ、お構いなく」

 各部署に義理チョコを配り歩いて、空っぽの大きな袋で背筋を伸ばしてストレッチしながら、帰る途中、

「でも、ごめんね…」

「あ、あの…」

「うん。気持ちは嬉しいよ」

 これは、バッタリ鉢合わせしちゃいけないヤツなのでは…?

 後ろ姿を見て、大槻おおきさんだとわかる。彼はそれくらいスーツを着こなしている。程好く筋肉がついている。そして、声からすると…。あの声は…。以前、一緒に仕事したことがあるもりさんだな…。小柄なのでちょっと見え隠れする可愛い姿、可愛い声で、性格もいい。何故、お断りしているのだ。大槻さん。あなた、今、独り身ですよね?

「友達からでも、ダメですか…?」

「はい。ダメです」

「………はい」

 絶対、気付かないでね。とばかりに、存在感を消してその場を離れようとしたのに。何で、バッチリ目が合うのよ。

「あ、小谷こや

「はい。小谷です」

 会釈してそのまま去ろうとしたら、腕掴まれて、

「今日、応援来てくれない?」

「忙しいので無理ですね」

「私、行けます!!」

「盛ちゃんのところの上司さんに応援出せないって言われてるからね」

 ごめんね。って、大槻さんは傷付けないように優しく言った。私にもそういう配慮があってもいいような気がするのだが…。

「そうですか…」

「小谷のところの上司には小谷ならいいよって言われてるからね」

「は?」

 私、役立たずみたいな言われようじゃない…。確かに、あまり会社に貢献してないかも知れないけど…。それなりに…。

「てことで、コレありがとう」

「はい…」

 片手に盛さんからの包み紙、そして、盛さんから遠ざかっても、未だに手を離してくれない…。抵抗しているのですが。何故…。

「いい加減、離していただけますか?」

「やだ」

「やだ。じゃなくて…」

「逃げるでしょ?」

「当たり前でしょ?」

「何で?」

「何で?って、何で?って言いたいのはこちらですよ」

「あ。俺にチョコないっ!!」

 いやいや、あなたの部署にもちゃんとお配りしましたよ。とばかりに、首を横に振った。

「それは義理チョコでしょ?」

「そうですけど」

「友チョコは??」

「それも含まれておりますよ」

「流石、小谷だな」

 ははは。とお互いに笑った。

「なので、離してください」

「仕方ないな…」

 手は離してくれたものの、腰に手を回すのはどうかと…。

「盛ちゃんはいい子だけどね。若いでしょ。付き合えない…」

「それなら…」

 過去にあなたが付き合っていた人は盛さんより若いコもいましたよね。って言いたかったのに。

「俺は小谷がいい。小谷は?」

「ごめんなさい」

「潔くて、清々しいなっ」

「はい。そういう次元じゃないですからね」

「どの次元だよ」

 抱擁から解放してくれない大槻さんに、私からギュッと捕まる。

「あら…。珍しい…。どうしたの?」

「たまにはいいかと」

 ちょっと名残惜しくなっただけ。言わないけど。

「俺はいつでも大歓迎だからね」

「遠慮願います」

 離れて下さいと言わんばかりに、強引に大槻さんの手を引き離した。

「小谷、そろそろ一緒にならない?」

「無理です」

「本当、清々しいわ」

 最高か。と笑いながら、私の頭を撫でて

「小谷、好きだよ」

「何が、ですか?」

 主語が抜けてると思って、聞き返したら。

「小谷が好きだよ」

「………」

 すぐに、言葉が出て来なかった…。

「小谷が困るの分かってたけど、俺の素直な気持ち…だから」

 ごめん…。そう言って、大槻さんは先を歩き始めた。

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上書きバレンタイン @tamaki_1130_2020

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