第8話【VR?】ゾンビと初戦闘

「何かがこちらに近づいてきておるのう」


 気配感知スキルで感じた何かはノロノロとした進み具合だったが、確実にクリスたちが居る女子トイレへと向かってきている。


・コメント欄

 鬼苺     :ついにゾンビのお出ましかな?

 名無し1   :ワクワク

 名無し2   :やっとそれっぽくなってきたな

 モノヅキ   :ですが生存者の可能性もありますよ


「ふむ。ひとまずこの個室から出るとしようかの。ナビさんもそれでいいじゃろうか?」


 広めのトイレの個室とはいえ、こんな所でゾンビ相手に戦うのは危険だと判断した。

 何かがゾンビではなく人だったとしても、トイレの個室に2人も入っていたのを見られたら不審に思われるだろう。


「構いません」


「それなら行くとするかの。まずはワシが先に出るからナビさんは個室に隠れといてくれるかのう」


「了解しました。もし相手がゾンビでしたら脳の破壊を最優先してください。そこが全てのゾンビの弱点であり、脳以外の部位は致命的なダメージになりにくいです」


「そういった弱点は既知のゾンビと同じなんじゃな」


・コメント欄

 名無し1   :クリスちゃん武器無しだけど大丈夫なん?

 モノヅキ   :子供体型ですから、相手が大人のゾンビだと頭部への攻撃は難しそうですね

 鬼苺     :そういやそうだな


 視聴者たちが身長差による頭部への攻撃の難しさを指摘する。


「そこら辺は気合と根性じゃな。まあ、なんとかなるじゃろ」


・コメント欄

 名無し1   :やっぱクリスちゃんって脳筋キャラだよね

 名無し2   :無謀な考えなしとも言える


 クリスはトイレの個室の扉をゆっくり開けて出た。

 気配感知スキルで、何かが女子トイレの入り口近くまで来ているのを感知済みである。

 ナビを個室に残したまま扉を閉めて、女子トイレの入り口を注視する。


「さて何が出てくるのかのう」


 クリスがそう呟くと何かが姿を現した。


 それは緑のエプロンを付けた女性店員だった。

 ただし服装は乱れ首筋と頬に噛み千切られた痕があり、さらに腹の辺りから腸が溢れてエプロンをどす黒く血に染めていた。

 かつては女性店員であったそれは、青白い肌に水膨れの様なできものが体中に浮かび、足元がおぼつかなそうに歩いていた。


・コメント欄

 名無し1   :ゾンビキター!!

 鬼苺     :うわっ、実写さながらのグロさやな


 さすがのお爺ちゃんもこれが生きた人間だとは思わなかった。


「なんとゾンビは白内障じゃったのか……」


 初めて遭遇したゾンビの白く濁った目を見て、クリスは場違いな感想を言った。

 年寄りに身近な病気なのでそっちの方が気になってしまったのだ。

 お爺ちゃんはどこかズレた感覚の持ち主だった。


 それまでの動きが嘘だったかのようにゾンビはクリスの声に素早く反応した。

 同時に、トイレの個室に居るナビが声を上げた。


「そういえばゾンビは目が劣化していますが、その代わり嗅覚と聴覚が優れているので注意してくださいね」


「何度も言うがそういった情報はもっと早く教えて欲しかったのじゃ」


・コメント欄

 名無し2   :ナビさん助言が遅すぎるよww

 名無し1   :緊張感のない2人やな

 モノヅキ   :こんな時でも平常運転ですね~


 クリスの存在を捉えたゾンビが襲い掛かってきた。

 ナビの声も聞こえたはずだが、ゾンビは先に目前の獲物に狙いを定めたようだ。

 ノロノロとした動きから一転して、歯をむき出しにして走り寄ってくる。


「噛まれても感染しなとはいえ、大人しくやられるのはお断りじゃよ」


 第六感スキルが働く。

 ゾンビの行動予測――上から覆いかぶさってクリスの喉を食い破る気だと勘づく。


 クリスは体術スキルに身を任せて、最適解の動きでゾンビの横をすり抜けた。

 年寄りの体では不可能だった流麗な動きでゾンビの背後を取る。


 今のクリスの肉体は課金の力でブーストされ、スキルという異能によって現実では不可能なことが可能になっている。


 この世界に目覚めてから体の奥底にあったマグマの様に湧き上がるエネルギー。

 気功術スキルでそのエネルギーの本領を発揮する。

 

「てやっ!!」


 力が抜けるような掛け声を上げて、ゾンビの無防備な背中を殴る。

 武術の経験など無いお爺ちゃんが、それっぽい構えから繰り出した拳。

 体術スキルが無かったらもっと不格好な攻撃になっていただろう攻撃だ。


 しかしその威力は凄まじいものだった。


 インパクトの瞬間、クリスの生命エネルギーは全身の運動エネルギーと共にゾンビに伝わった。

 マグマの如き生命エネルギーと超人的な肉体能力は、暴力の嵐となってゾンビの肉体を瞬時に蹂躙した。


 ドパァンッという破裂音。


 膨れ上がった風船が破れる様にゾンビの体は爆発四散したのだ。

 飛び散った血肉と臓物が女子トイレを赤黒く汚す。

 粉々に砕け散って骨すら見当たらない始末である。


「ほえぇ……すっごいのう」


 自ら起こした思わぬ大惨事にお爺ちゃんは呆けた声を出す。

 その身は血肉と臓物まみれでスプラッター映画の殺人鬼みたいな姿になっていた。


・コメント欄

 鬼苺     :……

 名無し1   :……

 名無し2   :……

 モノヅキ   :いやはや圧倒的ですね


 一部感心した視聴者もいたが、ほとんどの視聴者たちは言葉もでない様子だった。


 グロい見た目のゾンビが、一瞬で猟奇殺人現場の飾りになってしまったのだ。

 ゾンビの出現以上にショッキングな光景である。

 いくらゲームだと思っていても、驚きと戸惑いで何も言えないのが普通の反応だった。


「初戦闘お疲れ様でした」


 そんな大惨事の女子トイレに、個室から出てきたナビの声が響く。

 扉を閉め切っていたのでナビには一切の汚れがなかった。


「おぉ、ナビさんは無事だったようじゃな。その様子なら感染の心配は無いと思っていいかのう?」


 赤黒く汚れてしまった顔を手でぬぐい、クリスはナビの無事を喜んだ。

 『ゾンビウイルス完全適合体質』を課金したクリスとは違い、ナビは感染してしまう可能性があるので少し心配したのだ。


「それならば心配する必要はありません。当方のボディは機械学的なアンドロイドなので、ゾンビウイルスの感染の危険は無いのでご安心ください」


「ほう。アンドロイドとはこれまた未来的じゃのう。まあ、無事で何よりじゃ」


・コメント欄

 名無し1   :クリスちゃんもナビさんもメンタル強すぎない?

 鬼苺     :というかまたナビさんが新情報を言ってるんだけど……

 モノヅキ   :サラッと言ってきますよね

 名無し2   :それよりクリスちゃん強すぎるんだけどwww


 何事もなかったかのように話し出す2人を見て、視聴者たちもコメントする余裕を取り戻していた。


「いやぁ、しかし凄かったのう。まさかこれほどの力が今のワシにあるとは思わんかったよ」


「攻撃力を上げた弊害ですね。器用度のステータスを攻撃力と同数にすれば、身体の操作性の効果で威力を加減できるでしょう」


「その情報はステータスを決める時にでも教えて欲しかったのう」


「申し訳ありません。救世主」


 ナビは腰を曲げて深々と謝罪した。


・コメント欄

 鬼苺     :ナビさんって外見は出来る女なのに中身ポンコツだよな

 モノヅキ   :いわゆるギャップ萌えですか


「ダメな子ほど可愛いという話じゃな。ワシの婆さんもそうじゃったなぁ……まぁ、気を付けてくれればそれでよいよ」


 クリスは自身の目の高さまで下がったナビの頭を軽く撫でた。

 今のクリスはとんでもなく強いので、多少の情報不足はゴリ押しで解決できると分かったので余裕の態度である。

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