第7話【VR?】サポートナビゲーター

「ここは……」


 クリスが意識を取り戻すと、さっきまで居た真っ白な空間とはまったく別の場所に立っていた。

 フレグランスな消臭剤の臭いが鼻をつき、天井から流される陽気なBGMをうるさく感じる。


 お店のバックヤードにある広めのトイレの個室。

 そこがクリスが目覚めたスタート地点だった。


「自分で選んどいてなんじゃが、目覚める場所としてはあまり気分の良い所ではないのう」


・コメント欄

 名無し2   :おっ、起きたか

 鬼苺     :ゲームスタートだな

 名無し1   :これが女子トイレか。クンカクンカ

 モノヅキ   :通報しました

 名無し2   :草


 目の前には配信用の球体型のカメラが宙に浮いてクリスの姿を映していた。

 視界の端に流れるコメント欄。そしてそのコメントを読み上げる無機質な声がクリスの頭の中に聞こえる。


 ちなみに女子トイレを選んだのはアバターの性別に配慮したからである。

 別に蓮司が変態爺だからというわけではない。

 それにここの女子トイレを選んだのは、ゲームスタート時に人がいなかったからという理由もある。


「さて、ついにゲームが始まったわけじゃが、まずは何から始めるとするかの」


 今はない顎髭の代わりに、つるつるお肌の顎を撫でて思案する。

 そんな風に突っ立ていると背後から何者かの気配を感じた。


 気配感知スキルが、突如出現した背後の存在を感覚的に教えてくれたのだ。

 このスキルのLv1の時の感知範囲は半径20mである。

 その何者かは、感知範囲の内側から出現したことになる。


 始まったばかりで強敵の出現かと、クリスは素っ頓狂な声を上げて振り返った。


「ひょわっ!」


・コメント欄

 鬼苺     :ひょわってww

 名無し1   :クリスちゃんビビり過ぎだろ

 名無し2   :つーか急に出てきたこの人って誰?

 モノヅキ   :瞬間移動してきたみたいに現れましたね

 名無し1   :めっちゃ美人じゃん


 緊急事態じゃと焦るクリスをよそに、視聴者たちのコメントは暢気なものだった。

 彼らにとって画面の向こうのゲームの世界の出来事だと思っているのだから当然の反応でもある。


 振り返った先にいた相手は、メイド服を着こなした北欧美人だった。

 色白の肌に金髪碧眼の長身美女。

 マフィアのボスの愛人か、ハリウッド女優でもしてそうな容姿であった。


 一瞬ゾンビかと思ったが、それっぽい様子は認められなかった。

 むしろこの美女は、微笑みを浮かべて友好的な雰囲気すらある。


 こういう時の為と取得しといた第六感スキルにも反応が無いのだ。


 第六感スキルを単純に説明するなら勘が異常に良くなるスキルだ。

 五感では捉えられない霊感ともいえるこの世ならざる器官で、予知じみた敵の行動予測、発言の真偽判定などが可能になる。

 また、直面したあらゆる事態の危険度を推し量ることも可能だ。


 その第六感スキルが、背後にいた美女は敵じゃないと教えてくれる。

 初めての感覚だが、お爺ちゃんはその頭の奥で囁くような微かな感覚を信じることにした。


「ど、どちら様じゃろうか」


 若干、どもりながら喋るクリス。


・コメント欄

 モノヅキ   :敵か味方のどちらでしょうね?

 鬼苺     :これでただのNPCだったら笑えるな

 名無し1   :はたから見たらお嬢様とメイドの組み合わせだけどな

 

 理知的な瞳がクリスを見下ろしてくる。

 静かに佇んでいた美女が笑顔で口を開いた。


「おはようございます、救世主。サポートナビゲーターのナビです」


「ほえ? ナビというと、あのナビじゃろうか?」


 ログイン空間で出会った姿なきサポートナビゲーター。

 それが美女の正体だった。


・コメント欄

 名無し2   :どのナビだよwww

 モノヅキ   :まだテンパってるみたいですね


「外野は少し黙っていてください」


 ナビと名乗るメイドが球体型カメラに視線を向ける。

 それはどう見ても配信用の球体型カメラを認識しているものだった。


・コメント欄

 名無し1   :やっぱりナビさん俺らのこと認識してるぞ!

 鬼苺     :これはマジだな。今度はこっちがビビったわ

 モノヅキ   :ゲームキャラが現実のこちらを認識してるとは斬新な設定ですね

 名無し2   :そんなメタな設定で大丈夫かよwww


「こういのが最近のゲームでは普通なのかのう?」


 最近のゲーム事情に疎い中身お爺ちゃんのクリスである。

 そんなクリスに視聴者たちが、そんなわけないと否定する。


「ご安心ください。このアナザーアースでは救世主と当方しか外野の方々を認識できませんので」


 ナビはコメント欄の内容も見えるようだが、それどころじゃないと話し始めた。


・コメント欄

 名無し1   :ナビさん俺らに対して辛辣すぎww

 名無し2   :視線がドブネズミを見るような目つきだったわ


「救世主。当方がアナザーアースに来たのには理由があります」


「理由?」


「はい。救世主をアナザーアースに送る際に、外宇宙の侵略者からの妨害があったのです。そのせいで救世主の転送時刻が遅れてしまいました。現在は隕石落下から24時間後となっております」


「もう1日経っておるんじゃな」


 予定より12時間も遅れてのスタートだった。

 ゾンビウイルが蔓延してから12時間も出遅れたことになる。


・コメント欄

 モノヅキ   :スタート時に主人公がアクシデントに見舞われた設定ですね

 名無し2   :よくある話の流れだな

 鬼苺     :つまりナビさんは助っ人キャラってこと?


「肯定するのは嫌ですが、外野の方々の仰る通りですね。緊急措置として当方が現地サポートをすることになりました。末永くよろしくお願いします」


 目の前のクリスに、ナビはメイド服のスカートの裾をつまむと恭しくお辞儀をした。


「こちらこそ改めてよろしく頼むのじゃ」


・コメント欄

 名無し1   :おい、今ナビさん末永くって言わなかったか?

 名無し2   :言ってたわ。クリスちゃんにめっちゃデレてるじゃん

 モノヅキ   :女子トイレの個室で今の発言だと、キチガイストーカーみたいですね


「まあ、こんな美女に好かれるなら本望じゃな」


 中身お爺ちゃんのクリスとしては亡くなった妻が一番だが、これは所詮ゲームの中の話だ。好意を持たれるだけならいいじゃないかと視聴者たちのコメントを軽く流した。


「ところでナビさんは何ができるのじゃ?」


「当方は外宇宙の侵略者に対するセキュリティにリソースを割いているので、自らの身を守る程度の力しかありません。ですが、後方支援能力に秀でております」


「それは頼りになりそうじゃな。それで先ほど言っておった外宇宙の侵略者の妨害は、もうないと思っておけばよいのかのう」


 スタート時間が遅れるという地味な嫌がらせでも何度もやられると面倒である。


「あちらも救世主の存在に気付いたので、また何かしらの妨害はあるでしょう。ですが当方が現地入りしたことで、外宇宙の侵略者からの妨害は抑えられます。セキュリティ強化もしましたので、しばらくは問題ないかと思います」


・コメント欄

 鬼苺     :これって外宇宙の侵略者が終盤のボス的な立場で出てくるんかな

 名無し1   :その可能性は大だわ

 モノヅキ   :伏線ですね


「うーむ。その外宇宙の侵略者の目的はなんじゃろうな?」


 ゾンビウイルスという生物兵器で攻撃をしてきたのは分かるが、どうしてそんな攻撃手段を選んだのか分からない。

 アナザーアースを侵略する目的も不明である。


「すみません。それは当方も知りません」


「そうか。そう気にせんでくれ。まあ、いずれ分かることだろうし大丈夫じゃろ」


 伏線は回収されるものなのだ。

 ゲームのストーリーで伏線回収しないで投げっぱなしはないだろう。


 クリスがそう納得していると、気配感知スキルに反応があった。

 何かがクリスたちの所へ近づいて来ていた。

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