第2話【現実】セイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールド
斎藤家から自転車で20分。
そんな駅近くの立地にあるゲームソフト販売チェーン店に蓮司はやって来た。
孫娘の有栖からVRゲーム機を買った翌日のことである。
「ほぁ~。いろんなゲームがあるんじゃのう」
棚に並べられたゲームソフトやゲーム機の数と種類の多さに、蓮司は口を呆けてしまう。
このチェーン店はゲームだけではなく、本や漫画、CDやDVDに、トレーディングカードまで売買している。
新作から中古品まで取り扱っていて、レンタルも出来るのでそれなりに大きな2階建ての店である。
1階の店の出入り口付近には、新作ゲームコーナーの棚が置かれていて、その全てがVRゲームだった。
「さて、どれがいいかのう」
毎日手入れしている絹の様な顎髭を撫でる蓮司。
作務衣姿と相まって、どこぞの老師みたいな見た目である。
蓮司がこの店に来たのはVRゲームソフトを買うためであった。
昨日の有栖の言葉の影響で、年甲斐もなくゲームをする気になったのだ。
そしてできれば、自らもライブ配信とやらをしようかと画策しているお爺ちゃんだった。
そのため昨夜の内に、ゲームのライブ配信についてはネットで勉強済みである。
「とはいえ何を選べばいいのかさっぱりじゃな」
店の端から端まである棚に並ぶゲームソフト。
この中からどれか一つを選ぶのは、昨日漬けのゲーム知識しかない老人には酷であった。
というわけで、蓮司は母数をできるだけ除外していくことにした。
「とりあえずVRMMOは外すかのう。初めてやるならオンラインゲームより、オフラインゲームがいいじゃろう」
一番人気のジャンルであるVRMMO系のゲームは除外した。
お爺ちゃんは誰かと協力するのが苦手なのだ。
「次に選ぶとしたら、スリル感があってスカッとするゲームじゃな」
続いては、ほのぼの・まったり系のゲームを除外した。
退屈な年寄りの日常に飽きていたのだ。
時間と金があってもやる事がないとつまらくて仕方がない。
ゲームの中でぐらいそんな日常から離れた体験をしたいと思う蓮司だった。
しかしそうやって選んでいったものの、これだと思えるゲームを見つけることは出来なかった。
目も腰も疲れてきたし、もうどれでもいいかと思いそうになった時、蓮司は店の奥に置かれたワゴンを発見した。
「はて? 先ほどまで、あのような場所にワゴンなんぞあったかのう……」
まさかもうボケが始まってしまったのか。
不思議に思いつつ近づくと、ワゴンには全品500円セールと書かれた紙が貼られていた。
「ふむ。ワゴンセールの商品か。ワンコインのゲームでは期待できんかもしれんが見てみるかの」
他に目ぼしいゲームが無かったから仕方ない。
蓮司はワゴンの中でバラバラに積まれたゲームソフトを漁っていくことにした。
そしたら一つのゲームが蓮司の目を引いた。
手に取ったそのゲームソフトのパッケージの表には、やけにリアルな崩壊した都市の中央で、ゾンビや化け物と戦う小さな人影の絵が描かれていた。
「タイトルは、セイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールド……どういう意味なのじゃ?」
カタカナ文字のタイトル名と絵の様子からして、ゾンビゲームだとすぐに分かった。
だが英語を習っていたのが50年以上昔の蓮司には、その日本語訳は少し難しかった。
「アポカリスワールドは終末世界って意味じゃろうけど、セイヴァーの意味が分からんのう」
分からないなら調べるしかない。
スマホを取り出して数分かけてネットで調べる。
そしてタイトル名の日本語訳が、終末世界の救世主だと分かった。
ついでにこのゲームの情報も調べることにした。
「まったく便利な世の中になったものじゃ」
文明の利器万歳である。
それから15分ほどして、蓮司は頭をかいて投げやりにスマホをポケットにしまった。
「駄目じゃな。このゲームの情報がまったく見当たらんわい」
情報を見落としていたのか、よほどマイナーなゲームなのかもしれんと落胆した蓮司だった。
この時、蓮司は情報が無いのがどれだけ異常であるのか気付かなかった。
蓮司が若かった頃と違い、今の時代は各分野にAI技術やVR技術が浸透した情報化社会だ。
あらゆる情報が電子化されている中、ただの一つもゲーム情報が見つからないのは、あり得ない事態である。
若干の怪しさを感じつつも、蓮司はパッケージ裏も見てみる。
「ふむ……『絶望の未来を切り開け! スキルを磨き強くなってゾンビどもを倒せ。資材を集めて拠点や武器を作り、仲間を集めて滅びに向かう世界を救おう!』……っとあるが、ただゾンビを倒すだけのゲームじゃないみたいじゃなぁ」
ゲームジャンルを当てはめるとしたら、オープンワールドサバイバルアクションだろうか。
オフラインゲームなので、仲間というのもNPCの事に違いない。
CEROレーティングは、Z。
18歳以上対象と書かれているが、お爺ちゃんの蓮司には関係ない話だった。
むしろゲームのライブ配信と収益化しても問題ないかの確認をどうするか気にする蓮司だった。
「スペース・ロード社……聞いたことないゲーム会社じゃのう」
パッケージに書かれたゲーム会社の企業名は聞き覚えのないものだった。
カタカナの長いタイトル名からしてクソゲー感が醸し出されていた。
しかしゲーム配信するには悪くないジャンルかもしれないと、蓮司は思った。
「これが有栖の言っておった、いい機会になるかもしれんしのう」
そうして蓮司はこのゲームソフトの購入を決めたのだった。
家に帰って手洗いを済ませた蓮司は、他にやる事もないので買ったばかりのゲームをすることにした。
部屋の隅に置かれたVRゲーム機の電源を点ける。
起動音が鳴ったのを確認すると、買ったばかりのゲームソフト――セイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールドのディスクを挿入する。
パッケージの中にはディスクのみで、説明書や保証書といった物は見当たらなかった。
蓮司は中古品でワンコインだったから、こんなものかと特に気にせずに納得してしまう。
インストール中の赤色ランプが点いたので、その間にゲームのライブ配信とセイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールドについてもう一度調べた。
10分ほどしたらインストール済みの青ランプになっていた。
「これでゲームの起動準備は完了じゃな」
ゲームを始める前に、蓮司はペットボトルのお茶を飲んでトイレに行くことにした。
生体情報が常にモニターされているので命の危険は無いが、年を取ったせいで膀胱の危険が付きまとう今日この頃であった。
ちなみにセイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールドの情報は、2度目の調べでも見つからなかった。
しかもパッケージに載っていたスペース・ロード社という企業名さえ検索にヒットしなかったのだ。
「これはまさか、狸にでも化かされておるのかのう」
さすがにおかしいと思う蓮司だった。
しかしゲームをしないという選択はない。
こういったことも含めて楽しんでこそだろうと、老い先短いお爺ちゃんの覚悟はフルスロットルだった。
まさか有栖も、昨日の軽い発言でここまでお爺ちゃんがガンギマリしているとは思うまい。
蓮司はリクライニングチェア型のVRゲーム機に座ることにした。
リクライニングチェア型のVRゲーム機は、かつて医療用に開発された物だけあって、人間工学に基づいた設計がなされていて非常に座り心地の良い椅子だった。
備え付けられたヘッドギアを頭にかぶると、使用者のバイタルチェックと快眠を促す効果もある。
心地よい弾力のある背もたれに体を預けてヘッドギアを装着する。
すると次第に蓮司の意識がまどろみ始めた。
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