第3話【VR?】キャラメイクと初ライブ配信

 蓮司が次に意識を覚醒させたのは、ゲームのログイン空間の中だった。


 真っ白な空間に白い人型が立っていた。

 キャラメイク前の蓮司の仮の体である。


「ほほう! もうゲームの中なんじゃな」


 首を振って辺りを見回すと、先の見えない白い世界がどこまでも広がっていた。

 どう見ても先ほどまで居た自分の部屋ではないと分かる。


「今時のVRゲームは凄いと聞いておったがここまでとはのう」


 パソコンゲーム世代のお爺ちゃんがしみじみしていると、どこからともなく電子合成された無機質な女性の声が聞こえてきた。

 それと一緒にシステムメッセージが目の前に浮かぶ。


《――宙域ネットワークに接続。成人認証クリア。アカウント、脳波認証クリア。パーソナルデータリンク完了――ようこそ、セイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールドへ》


「姿は見えんのに近くで声が聞こえるとは面妖じゃのう。お前さんは何者じゃ?」


《当方は救世主である貴方を支援するため、スペース・ロードによって創られたサポートナビゲーターです》


 スペース・ロードといったらパッケージに書かれていたこのゲームを販売・開発した企業名である。

 それに創られたという事は、この声はセイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールドの管理AIなのかと、勝手に納得する蓮司だった。


「それなら話が早い。先に聞きたいんじゃが、このゲームをライブ配信しても著作権的に大丈夫かのう?」


 あとで相手に訴えられても困るので一番先に確認しておきたかったことである。


《問題ありません。当方を含めスペース・ロードは、救世主の行動を縛る事も否定する事もしません》


 言質を取ったのを確認した蓮司は、この場面を動画に残しておくことにした。

 再度同じ質問をして念押ししとくほどだった。


《質問は以上でよろしいでしょうか?》


「何度も聞いてすまんの。もう大丈夫じゃよ」


《それでは救世主には、まずアバターの設定をしてもらいます》


 そんなシステムメッセージが出現すると、一人称視点から第三者視点に切り替わった。

 自身の真っ白な人型と向かい合う形で視点変更がなされたのだ。


「アバター……ゲーム内のワシの体を設定すればよいのじゃな」


 パソコンゲームとほぼ同じゲーム開始の流れなので、お爺ちゃんでも苦もなくゲームをやれそうだった。

 蓮司は今の仮の体の横に見える吹き出しをタッチした。

 するとアバター設定の欄がずらりと表示された。


「うーむ、このゲームのキャラメイクは結構弄れるんじゃな。身長や体重、性別まで変えられるとは選択の幅が広いのう」


 他にも体型や肌の色、それに細かい所だと唇の厚さとかも変えられた。

 服装のバリエーションも多種多様に用意されていて、中古品のオフラインゲームとは思えない手の込みようである。


 お爺ちゃんの美的感覚が試される時だった。

 だが蓮司は、自信を持って作ったアバターを視聴者に貶されたらメンタルに大ダメージを負いそうだし、一からアバターの造形を決めていくのが面倒だと思った。


 そうしているとアバターのランダム生成が出来る事に気付いた。

 蓮司はこれだと思い、ゲーム内の自身のアバターを自動生成することにした。

 自分では決められず、運任せで選ぶお爺ちゃんである。


 白い人型が粘土細工の様に歪んで動き、体のパーツが足先から順に作られていく。

 そうして出来上がったアバターは実に可愛らしい外見をしていた。


 特徴的な肩までかかった濡羽色ぬればいろの髪。

 そしてすました顔つきだが、ちびっこい見た目でどこか愛くるしさを感じる12歳ぐらいの少女アバターである。


「……怖いくらい作り込まれた造形じゃな。現実の人間と見分けがつかんわい」


 出来上がったアバターは血の通った人間にしか見えず、VR技術の進歩に感心する蓮司だった。


 服装もランダム生成されたようで、青いドレスとフリル・裾付きの白いエプロンという組み合わせの服装が、このアバターの可愛らしさに拍車をかけていた。

 そんなアバターの姿に蓮司は既視感を覚えた。


「おおっ、そうだ。こっちは短い黒髪じゃが、着てる服も相まって不思議の国のアリスの主人公の子に似とるんじゃな」


 ランダム生成だから変なアバターが出来る可能性もあったが、この庇護欲を誘うような外見であれば視聴者受けがいいだろう。

 配信をするのだから外見が良いのに越したことはなかった。


 ただし後ろ髪が邪魔そうだったので、髪の長さはそのままにして白の髪ゴムでポニーテールに変更しといた。


「あとは服装も変更しとくかの。男女の違いは気にせんが、このゲームのコンセプト的に、ゾンビ相手にスカートのままでは動きづらそうじゃからな。まあ、スカートの下にスパッツを履いとけば問題ないじゃろ」

 

 これならスカートのひらひらを気にせず動けるだろうと安直に選ぶお爺ちゃん。

 年寄りに深い考えを期待してはいけない良い例である。


 それ以外は変更することなくアバター設定を終了すると、視点が三人称視点から一人称視点に戻った。

 見た目は美少女なのに中身がお爺ちゃんという、アンバランスなバ美肉お爺ちゃんの誕生だった。


「おおっ、腰の痛みも目の霞みもせんぞ。これだけでもVRゲームをした甲斐があったわい」


 生成したばかりのアバターに宿った蓮司は、体を動かしてその身軽さに喜んだ。

 年を取ると体のいろいろな所の調子が悪くなってしまうのだ。

 見た目通りの体の若々しさの再現に、ゲーム内だけとはいえ思わず顔がほころんでしまう。

 そんな蓮司に対してサポートナビゲーターの声が掛かる。


《次はアバター名をお決めください》


「むっ、ワシの名前か。さすがに本名を名乗るのは配信するならばマズイじゃろう。アリス……は安直すぎるか。それにアリスだと少女っぽい名前だし、ここは頭文字をもじってクリスで頼む」


《了解しました。続いて変声機能で気に入った声質を選んでください》


「なんとまぁ……今時のVRゲームはそんなことまで出来るのか」


 しわがれた年寄りの声で驚く蓮司。

 サポートナビゲーターの指示で変声機能の一覧を表示した。

 そこにあったのは、これまたオフラインゲームとは思えない豊富な数の声質である。


「あー、あー、テストテスト。うむ。これでは家族でもワシだとは気付かんじゃろうな」


 せっかくなので、中性的な声を選択した。

 この見た目でお爺ちゃんの声だと違和感があったのだ。


 やるならとことんやる蓮司だった。

 これでどこからどう見聞きしてもロリっ子としか思われないだろう。


 気の早い老人である蓮司は、もうゲームのライブ配信をしてもいいんじゃないかと思った。

 若い体に意識が釣られて、いつもより思い付きの行動力が高まっているのだ。

 

 覚えたばかりのライブ配信の仕方を頼りに、メニューを呼び出してライブ配信機能を起動する。


 すると野球ボールサイズの宙に浮いた球体型のカメラが、蓮司の近くに突然現れた。

 メカニカルなカメラのレンズは蓮司に向けられている。

 配信が開始されている証拠に、カメラの上部には稼働中の青ランプが灯っていた。


 そして蓮司の視界の端には、視聴者数やコメント欄などが見えるようになった。

 コメント読み上げ機能をONにして、コメントを見逃すことが無いようにもしておく。


 ただし現在の視聴者数は0人。

 当然、コメント欄も寂しい空欄のままである。

 厳しい現実に対してお爺ちゃんは心の中で涙目になった。


 そこでライブ配信のサムネイルに、カメラの映像を切り抜いてこのアバター姿を貼り付けることにした。

 カメラをローアングルから撮れるように調整して、スカートを両手でつまんで上品にお辞儀した画像である。

 ローアングルからの見えそうで見えないスカート丈が目を引き、伏せた顔は生意気そうにニヤける子供アバターの顔が映っている。

 やるなら本当にとことん悪ノリするお爺ちゃんであった。


 最後にサムネイルの下の方に短いテキストで――クリスの初体験(ゲーム配信)――と挿入する。


 配信タイトルは――『謎のVRゲーム【セイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールド】。初見プレイで後戻りできないけど、もう遅いのじゃ』――という、お爺ちゃん会心のタイトル名である。


 昔、一時代を築いたネット小説のテンプレ的な題名を参考にしていた。


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