終末世界のゲーム配信者『謎のVRゲーム【セイヴァー・オブ・ザ・アポカリスワールド】。初見プレイで後戻りできないけど、もう遅い』

@6-sixman

第1話【現実】始まりの一言

「ねえ、お爺ちゃん。あたし欲しい物があるんだ」


 ゴールデンウィークの初日。

 全てはこの孫娘の一言から始まった。


「なんじゃ唐突に。また小遣いでもねだりに来たのかのう」


 目に入れても痛くないほど可愛がっている孫娘の言葉に、御年70歳となる斎藤さいとう蓮司れんじは目を細める。


「えへへ。お爺ちゃんにはお見通しだったね」


「これで何度目だと思っておるんじゃ。お前さんがそう言ってくる時は、大抵お小遣いの無心じゃろう」


 長く伸ばした自慢の白い顎髭を撫でながら蓮司はため息をつく。


 長年連れ添った妻が亡くなってから、蓮司は息子夫婦の家族と同居生活をするようになった。


 その息子夫婦の一人娘。

 蓮司からしたら孫娘となる有栖ありすに、これまで何度もお小遣いの要求をされてきたのだ。


「まぁまぁ。まずはあたしの話を聞いてよ。明日発売される最新VRゲーム機があってね。それがすっごく欲しんだけど、高いから頑張ってお金を貯めてたんだ」


「ほう、有栖がバイトをしてたとはのう」


 16歳でバイトをするのは不思議じゃないが、もうそんな年齢になったのかと感慨深くなる。

 日雇い労働をしていた自身の若い頃を思い出しつつ、孫娘の成長を嬉しく思う蓮司だった。


「違う違う。バイトじゃなくて、ゲームのライブ配信で投げ銭をもらってるんだ。あたし、これでも配信者としてそれなりに名が売れてるんだよ」


「投げ銭? なんじゃそれは。おひねりみたいなモノかのう」


「たぶん違うと思うよ? というか、おひねりって何?」


 互いにそれぞれの言葉の意味を理解できない2人。

 ジェネレーションギャップによる認識のズレであった。


「おひねりの意味も知らんのか。いいか、おひねりっていうのはな……」


「えっと、その話はまた今度聞かせてよ」


 なんとか話を軌道修正して戻そうと有栖。

 年寄りのウンチク話ほど聞いてて眠い話もない。


「まぁ、よかろう。それで結局、その投げ銭がどうしたんじゃ」


「それが……目標金額まであと1万円ってところで投げ銭が止まっちゃって、ゲーム機代が足りないんだよね」


「なるほど。その不足分の1万円が欲しんじゃな」


 まだ投げ銭がなんなのか分からない蓮司だったが、話の前後から有栖の言いたいことを推測した。


「そう! そうなのお爺ちゃん!!」


 前のめりになって祖父の手を握る有栖が上目遣いで見つめてくる。

 彼女はここが攻め時だと思い、祖父へのおねだり攻勢に拍車がかかる。


「可愛い孫の頼みじゃ。聞いてやらんこともないが、竜司りゅうじやエリスさんから、お前さんを甘やかすなと言われたばかりじゃしのう」


 蓮司は腕を組んで悩ましげな顔になる。

 つい先日、息子の竜司とその妻のエリスから釘を刺されたばかりであったからだ。

 この蓮司の様子に、有栖は形勢が不利かもと冷や汗をかいた。

 どうしても最新VRゲーム機が欲しかった有栖は、そこで苦肉の策を思いついた。


「だったら、あたしとお爺ちゃんの間で物を売買するんなら大丈夫じゃない? あたしが物を売って、その物に対してお爺ちゃんがお金を支払えばどうかな? ギブアンドテイクの関係だよ!」


「うーむ。悪くない……かもしれんのう」


 苦しくはあるが、息子夫婦に一応の言い訳は立つ。

 蓮司は、そういう話なら可愛い孫娘のお願いを聞いても角が立たないかもしれないと思った。


「だったら、中古だけどあたしが使ってたVRゲーム機を売るから、それをお爺ちゃんが買い取ってくれないかな? 状態が良いから、普通に中古品で買おうとしたら1万円以上にはなるやつだよ」


 最新VRゲーム機を買えば、今まで使っていたVRゲーム機の置き場所に困る。

 ネットショップか店に売る事も考えたが、ネットショップは発売日までに売れるか怪しく、店で売るには物が大きいので運ぶのが面倒という結論である。


 有栖にとっては、邪魔になる物の処分と1万円ゲットが出来る一石二鳥の考えだった。

 だがこれに対して蓮司は渋い顔になる。


「パソコンゲームしかやったことがないワシがVRゲーム機を買ってものう……」


 今の蓮司の歳だと、初めての事に挑戦するには勇気がいることである。

 そもそもVRゲーム機のゲームソフトも持っていないわけだが、そこは有栖のゴリ押しだった。


「そこは大丈夫! 今時のVRゲームって認知症やボケ防止に良いって聞くし、もとは医療用で開発されたリクライニングチェア型だから、日常生活でも問題なく使えるよ。それにお爺ちゃんって趣味が無くて暇だって、よく愚痴ってたでしょ。いい機会だし、ゲームを趣味にしてみなよ!」


 たしかに有栖の言う通り、蓮司は無趣味で毎日を退屈に生きていた。

 特に妻が亡くなってからは傍にいる相手がいなくなり、テレビのニュース番組やドラマを見て時間を潰すことが増えている。


「まあ、よかろう。可愛い孫娘からのお願いじゃし、ワシにとっても何かしらの良縁足りうるかもしれん」


「それってOKってこと?」


 蓮司の言葉に有栖が疑問符をつけて聞いてくる。


「そう言っておるじゃろ」


「よし。ありがとうお爺ちゃん。大好き! それなら早速、VRゲーム機を持って来るね!」


 1万円の用意よろしくね!――と、祖父の部屋から出ていこうとする有栖。

 その後ろ姿に蓮司が声を掛ける。


「有栖の部屋にあったデカい椅子じゃろ。お前さん一人で大丈夫かのう。なんならワシも運ぶの手伝うぞ」


 何度か有栖の部屋を覗いたことがある蓮司は、重そうなVRゲーム機でもある椅子を運ぶのに一人で大丈夫かと心配した。


幸司こうじに運ぶの手伝わせるから大丈夫っ。お爺ちゃんは待ってて!」


 有栖はそう言い残して、善は急げと自らの部屋へと向かった。

 その途中で有栖の弟の幸司の部屋に寄って手伝わせるのだろう。


 幸司にもお駄賃をあげるかなと、財布の確認をする孫たちに甘い蓮司だった。

 しばらくすると蓮司の孫たちである幸司と有栖が、VRゲーム機を持って蓮司の部屋にやって来た。

 斎藤家の弟は、姉に逆らえないのである。


「うむ。ご苦労じゃったな幸司。これはお駄賃じゃよ」


「えっ、いいの爺ちゃん!? ありがとう!」


 500円玉を蓮司から手渡された幸司は喜んだ。

 今年14歳になる中学生の幸司にとって、お駄賃として渡された500円は十分な報酬だった。


 あとは有栖にも1万円を渡すだけ。

 そう思って有栖を見ると、部屋の隅に置いたVRゲーム機に何かを取り付けているところだった。


「姉ちゃん、何してるの?」


 自分に手伝わせといて何をやってるのかと、幸司が疑問に思って質問した。


「ん~、ライブ配信機材の接続してんのよ」


「ライブ配信?」


 これには蓮司が聞き返した。

 VRゲーム機だけを買う話だったが、これはどういうことなのか。


「最新VRゲーム機が、ライブ配信機能内蔵だったのを思い出してね。今まで使ってたこれもお払い箱になっちゃうし、折角だからお爺ちゃんにタダであげるよ」


「じゃが……」


 それでは蓮司の方が得をしてるのではないか。

 そう思って声を出そうとすると、有栖が構わないと手を振る。


「無理を言って頼んだのはあたしの方だからね。これぐらいはさせてよ。まあ、お爺ちゃんがライブ配信をするか分からないけどさ」


「ライブ配信……有栖が言っておったバイトみたいなことか?」


「うん。ゲームは楽しいよ、お爺ちゃん。だから楽しめることは、とことん試してみるといいよ。あたしもそうやってライブ配信を始めたしさ」


 心の底からゲームが好きでライブ配信が楽しいのだろう。

 孫娘の笑顔は太陽のように眩しく蓮司の目に映った。


「なに言ってんだか。姉ちゃんがライブ配信を始めたのって、ゲームしながら金が貰えるからだろ」


「うっさい、幸司! 今、あたし良いこと言ってるんだからね!!」


「ふむ。ゲームのライブ配信……か」


 プチ姉弟喧嘩を始めた孫たちの隣で、蓮司は小さくそう呟くのだった。


 こうして賑やかな斎藤家に小さな変化が起きた。

 祖父の無趣味な生活に、ゲームのライブ配信という趣味が出来る……予定である。


 ただし、そのゲームがとある世界の命運を握る事になるとは、この時は誰も知る由は無かった。

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