第3話

 家に帰ると、すでに明かりが灯っているようだった。同棲中の彼氏のサトシが先に帰ってきているようだった。


「サトシ、ただいま」


 ミカは明かりのついていない玄関の明かりをつけ、手を洗った。洗面所にはサトシが放り投げたシャツや下着、裏返したままの靴下が散乱していた。サトシには、何回も言っているけれどちゃんとしてくれないなぁ。ミカはため息をつくと、その洗濯物をかごにいれた。


「サトシ、ただいま」


 ミカがリビングに行くと、スウェット姿のサトシがソファに寝転がって缶チューハイとスナック菓子を片手にお笑い番組を大音量で流して、ゲラゲラ笑っていた。

 帰ってきたミカに気づくと、「おう、ミカ。今日の飯なに?」

とサトシが股間を掻きながら聞いた。


「うーん、卵とハムが余ってたからチャーハンかなぁ」


 ミカはいつものようにエプロンをつけるとサトシが飲んだ飲み物の缶や瓶でごちゃごちゃの台所に立った。

 サトシはきっと知らないんだ。私が天に召されたこと。サトシ、ニュース一切見ないからなぁ…。


 食卓にチャーハンを用意して一緒に食べている間、サトシはスマホとテレビを交互に見ながら食事していた。サトシが自分に内緒で3ヶ月くらい前からマッチングアプリをやっているのをミカは知っていた。それでもミカは何も言わなかった。サトシはこんな私でも必要としてくれた人だから。スマホの画面には、ミカよりも細くて顔が綺麗な女の子が並んでいた。ミカはこちらを一切見ないサトシにこう言った。


「サトシ、私今日神様に会ったんだ」


 すると、サトシの動きが止まった。ミカは続けた。


「それで神様に選ばれて、明日天に召されることになったの。最後だからサトシに付添人として来てもらいたいんだけど、お願いできるかな」


 サトシは、無言でチャーハンをくちゃくちゃ食べて、飲み込むと「ふーん」と言った。


「それさ、明日でおまえがいなくなるってことでしょ? 俺の家はどうなるの?」


 ミカはサトシの反応に凍りついた。サトシと同棲しているこの家は1LDKで、ミカ名義で契約をし、ミカが家賃を払っていた。日々の食事代もミカが負担をし、サトシはたまにデートで安い外食を奢ってくれるだけだった。


 ミカは鞄の中から、係長からもらった書類を急いで取り出した。「天に召される手続き」と書かれた冊子をめくり、必死に読み込んだ。


「天に召される者には、国から一億円のお金が出るみたい。振込先は私のお母さんになると思うんだけど、サトシの生活費もなんとかしてって、あとでメールしておくね」


 ミカの声は震えていた。またサトシに怒られたくない。サトシを怒らせるとたいへんなことになる。サトシに嫌われたくない。殴られたくない。サトシを悲しませたくない。サトシと天に召される手続きの冊子を交互に見つめて、サトシの反応をうかがっているとサトシは「ふーん、じゃ、俺5000万くらいでいいから」と満足げに微笑んで、またチャーハンを食べ始めた。ミカはほっとした。


「それにしてもミカ、すげーな。神様に選ばれるなんてさぁ。俺ニュース見なかったから全然知らなくて驚いたわ」


 寝る前にサトシがベッドの上でミカを褒めた。床に布団を敷いていたミカはそれを聞いて喜んだ。いつも一人で寝たいからという理由でサトシはベッド、ミカは床に寝かされていた。


「うん、こんな私でも役にたてるんだなって嬉しかった。会社の人も凄く喜んでいたんだ。人に親切にするといつか報われるんだね」


「人じゃなくて、神様だろ。間違えんなよそこ」


「あ、そっか…ごめん」


 ミカは謝った。サトシを怒らせちゃったかな?

 冷たい床で泣きそうになっていると、サトシの太い手が延びてきてミカの頬をなでた。


「最後の夜だからおまえも布団で寝ろよ。俺が許可してやるよ」


 ミカはそれを聞いて、舞い上がりそうなほど幸せな気持ちになった。ミカはサトシと温かい布団の中で寝るのが大好きだった。付き合った当初のようにサトシとくっつけると思うと胸が感動でいっぱいになった。

 幸せだなぁ。やっぱりサトシがいてくれてよかった。ミカはサトシの腕に抱きつきながら眠りに落ちた。サトシはミカが眠ったのを確認すると、手を振りほどきまたマッチングアプリの画面を開いていた。


(つづく)

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