第46話 沈黙した大奥
翌日から総触れに出たのは高麗川だった。
自分が朝永の名代として、大奥の一切を受け持つという発言に、大奥は大きく揺らいだ。
翌日も、その翌日も、朝永は現れず、入江がどれだけ高麗川に詰め寄ろうともけんもほろろな対応だった。
「上様にとって菜月殿がどれほど大切な存在であったか、それに気づかなかったあなたの失策です。――人には心があるとお忘れであるあなたには、上様がなにをお考えなのか理解することは一生適わぬでしょう」
入江に起死回生の一打を打つことはできなかった。
大奥は朝永の不在のまま、ただ時間だけが過ぎ去っていった。
***
「上様が大奥に訪れなくなったというのは本当のことなの……? 総触れにも?」
菜月の問いに香は頷いた。
一体どうなっているの? 断片的な噂が流れてくるだけで、上様の真意がわからないままだわ……。
病に伏せっているという建前なので、菜月は総触れに出席できず、大奥の状況がまるでわからない。朝永が大奥へ訪うことがなくなったのなら、結のもとへの渡りもないということになる。
結の裏切りが菜月には、まだ信じられないでいた。
あれほど献身的に尽くしてくれたのに、なぜ側室を選んだのか。
入江が褥を退けと告げる前日まで、怪しい素振りはなかった。
確かに沈んでいる日はあったが、それは菜月たちが綾のことを考えがちで、口数が減っていたからだと思っていた。
だから、結の変化に気づけなかったと言えばそれまでなのだが、元々、彼女にはそうする野心があったということなのだろうか。
「――寂しくなってしまったわね。この部屋も」
菜月はポツリと呟く。
「恩を忘れた女子のことなどお忘れになってくださいませ。きっと、上様に慣れるようにと入江さまが差し向けた女子だったのです。上様が受け入れなかったのは当然のこと。主を裏切る者など信用が置けませぬ」
香は憤慨したように吐き捨てる。
「なにか事情があったかもしれないわ。断れない弱みを握られていたとか……」
「だとしても情けは無用。結のしたことは菜月さまへの裏切りだけでなく、上様への裏切行為です。上様と菜月さまの仲睦まじいご様子を知っていて、側室になるなど、なんと恥知らずなことか」
仲睦まじい……。
そう呼べる関係でないことを菜月自身わかっている。
かりそめの関係は一度として子をもうける営みなどなかった。
契約が終わったのは入江の企みによるものだが、
――半年も閨をすごして、子ができないとなれば、そうなってもおかしくはないことだわ。それに、入江さまがあそこまで焦っていたなんて思わなかった……。
菜月が考える以上に、お世継ぎ問題は切迫していたということだ。
だが、なにより朝永のことを思うと胸が痛んだ。
なにも知らされず、子供を作るためだと閨を強いられたら、お怒りになるだけでなく、きっと傷つかれる。
総触れにお出ましになられないのも、その意思の表れなのかもしれない。
上様は、今、どうしておいでなのかしら……。
一介の側室であることが悔しかった。
男子であれば力になれたこともあったかもしれない。
高麗川が羨ましかった。誰よりもそばで支えることができるのだから。
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