第36話 新しき部屋方 伍

 西の丸へ向かう途中、女中をつかまえては結を見なかったか尋ねた。

 何人かにあたっていくと、ひとりの女中が口ごもった。


「お願い。教えてちょうだい」


 何度か頼み込みと、か細い声が返ってきた。


「――綾のお方さまに連れられて……、幸さまと楓さまもご一緒に……」


 あの三人に……!

 綾は最古参の側室で身分の高さから一区画を与えられている。連れ込まれたら外部から隔離されてしまう。

 それに、幸と楓が一緒なのも気がかりだ。

 どうかご内密にと身を縮める女中に「ありがとう。言わないわ」と告げて急ぎ向かった。

 廊下にシュルシュルと打掛の裾が滑る音が鳴る。――と、ホーッホッホッと甲高い笑い声が耳に届いた。それらは数が重なり合っており、綾たちが揃っていることを証明していた。


「ほれほれ、脱ぎなされ脱ぎなされ。新入りの決まりごとですぞ」

「ほんに綾さまの言うとおり。女だけの集まりになんの恥ずかしさがありましょうや」

「さぁ、あとは襦袢のみですぞ」


 菜月は声かけも忘れて障子を開けた。途端に声は止み、視線が集まる。


「な……づきさま」


 掠れた声で名を呼ぶ結は、両肩があらわになり、脱げてしまいそうな襦袢の襟を必死で握りしめていた。両目に涙の膜が張り、ぽろぽろと頬を流れていく。


「なんてこと……!」


 菜月は打掛を脱いで結を覆った。

 結はガタガタと震えている。その身体を抱きしめ、怒りに震えた声を綾にぶつけた。


「一体どのような理由でこのような無体をなされたのです!?」


 しかし綾は微動だにせず、むしろ興がそがれたというふうに頬杖をつきながら言った。


「なんや。つまらんこと。もう少し楽しめるかと思ったのに」

「楽しむ……?」

「どのような理由でとのことだけど、単なる大奥の慣習ですよ。新参者の女中なら誰でもやる裸踊りを見せてもらおうとしただけのこと」

「裸踊りって……! 結は新参者などはなく、とっくに奥女中です!」

「あら、“部屋方”の新参者でしょう? ならば洗礼を受けるのは道理じゃなくて?」


 幸も楓も紅を塗った唇を三日月のように形作り、綾に続くように言う。


「そうですわね。新参者の躾はしっかりいたさなければ」

「ああ、菜月殿も新参者の御中臈でしたわね。よい勉強になったのでは?」


 その姿は傲慢そのものだった。

 菜月の身体はワナワナと震える。


「……綾さまは御中臈をおまとめになる立場ではございませぬか。このような惨い真似をなさって、恥ずかしいとはお思いになりませぬか!?」

「なにか勘違いをしてるようやけど」


 綾は艶然と微笑みながら、「これはいたって普通のこと。大きな顔をしている女中がいれば躾けるのはあたりまえのことです。上様のお気にめしたという、あなたの驕りが部屋方を勘違いさせたのではなくて? まったく、不吉な娘が思い上がりも甚だしい……!」


 鋭利な言葉は心を切り裂くように鋭かった。

 綾の目はつり上がり、怨念のこもった面をつけているようだ。

 まだ夕方でもないのに、かすかな闇が差し込んでいるように仄暗く感じる。綾が美しいだけに、その闇の恐ろしさが一層際立っている。

 それに追随する幸も楓もまた、とぐろを巻く蛇が絡み合っているようだ。

 楓が笑みを浮かべたまま、桜色の小指を唇にあてる。


「綾さまの仰るとおりですわ。死んで生き返った女が世継ぎを産んだとて、縁起が悪いだけでしょうに。身の上を恥じて身を引くのならまだしも、二の丸から本丸まで、しゃしゃり出てくるとは、なんとずうずうしいことでしょう」

「ええ。本丸に不吉を呼び寄せられるようでいい迷惑ですわ」


 この人たちは、わたしに憂さ晴らしをしたいがために結を傷つけたのだわ。黙って耐えるしかない立場を利用して。

 理不尽な行いに、菜月の魂が光を集める。

 闇に呑まれている綾たちを浄化するように。

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