第28話 共謀 参

「なぜ、と申しましても一介の御家人が城主のめいに逆らえましょうか。命じられればその道に従うしかございませぬ」

「どうせ東斬直孝とうざんなおたかが、つまらぬ企みをもくろんでいるのであろう? 薩摩は面従腹背めんじゅうふくはいしているだけで、幕府にひれ伏してなどいないからな」


 確かに東斬直孝は、まだ戦国の世を抜け出ていないと言っていた。

 江戸にいながら、それを見透かしている朝永の慧眼に感嘆する。

 パチパチとまばたきする菜月に朝永は続けた。


「関ヶ原の戦において、薩摩軍は敵陣を中央突破し、捨てがまりという戦法を取りながら主を薩摩に逃がした。その勇猛果敢は知っているだろう」

「はい。語り草になっております」


「戦のあともみん、琉球の交易ルートとなる中継地点、坊津ぼうつの港を手中に収めていることで、京都、さかいにもたらす利益を上手く使い、戦に負けたというのに国の財政は豊かなままだった。それをいかして堅牢な鶴丸城をも築城した。――和平を唱えつつ、これだけの守りを固めていると知らしめることで、戦っても得はないと、じさまは薩摩攻めを引き下がるを得なかったのだ。二年の駆け引きで薩摩のしたたかさを思い知ったと、くどいくらいに聞かされた。結局、所領地を取り上げることも、藩を取り潰すことはできなかったのだからな。じさまにとって薩摩は目の上のこぶだっただろう。『薩摩に暗愚あんぐなし』と呼ばれたことは誠であると俺も思う」


 朝永はどこかおかしみを含ませた表情で語り終えた。

 上様のお顔が柔らかだわ……。

 氷のような朝永が初めて見せた感情に、菜月は息を呑むように見蕩れた。

 人は青い目ばかりに注視するが、朝永の顔は彫刻のように目鼻立ちも整っている。鍛えた肉体は背筋かピンと伸びて凜々しく、雄々しい虎のようだ。そんな朝永が感情を表したさまは、菜月が目にしてきたもののなかで比べるものはないほど圧倒的な美貌を誇っていた。

 そんな菜月の心境を知らない朝永は言う。


「そなたが間者のまねごとをし、それを俺が知れば、東斬直孝はそなたに罪をきせて知らぬ振りだろう。愚かな真似をせぬと肝に銘じることだ」

「は、はい。しかと心得ましてございます。わたくしには守らねばならぬ者がございます。そのためにも上様に背くことはございませぬ」


 朝永は目を眇め「守らなければならぬ者?」と問い返す。


「はい。わたくしは世話係として付いてきてくれた香に、よい暮らしをさせたくて大奥へ参ったのです。その香に危害が及ぶ真似はいたしませぬ」

「世話係を守るために大奥へ?」


 朝永は怪訝そうに問う。

 隠しきれるはずもない。菜月は躊躇いながらも告げた。


「わたくしは十四の歳に死に、そして生き返ったのです。そのことで『黄泉がえりの娘』と忌み嫌らわれ、家の物置小屋で暮らすことになりました。当然ひとりではなにもできませぬ。そんなわたくしのために、香はわずかな金子も己の時間もすべて捧げて、わたくしを育ててくれたのです。大奥へ入れば清潔な暮らしができ、飢えることもありませぬ。……確かに太守さまの意向はございましたが、わたくしは香によい生活をおくって欲しいのです。それを壊すことはしたくはございませぬ」


 ああ、きっと不気味だと思われただろうと朝永を見やる。

 しかし、青い瞳は波打ち際の波のように揺れるだけで、そこに嫌悪の色はなく、光を灯したまま菜月を映していた。


「――人から遠ざけられていたというのは、それが理由だったか」

「はい」


 朝永の胸に確信めいた思いが飛来する。


 ――この娘ならば俺の願いを託せるやもしれぬ。少なくとも大奥で一番信用が置ける女であることに間違いはない。


 朝永は少し思案したあと、酷く真面目な声で言った。


「そなたに頼みたいことがある」

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