第26話 共謀 壱

 勝家にもキリスト教弾圧について甘さを指摘したさい、すぐさま改めた。

 そのことが裏目に出たというのか。

 朝永は苦い思いを吐き出すように言う。


「キリスト教は父の代から禁止令を出しているというのに、なぜ信仰を止めぬのだ」

「厳しい統制下にあれば人は救いを求めます。だからこそキリシタンは信仰を手放さぬのでしょう」

「くそっ。生糸がなんとかなればいいのだが……」


 生糸はポルトガルがマカオからもたらしており、国内だけでは対応できていない裏事情がある。朝永の言葉を継いで高麗川が言う。


「長崎には太閤殿下の時代から長崎奉行が置かれておりますゆえ、ポルトガル人との繋がりは深うございます。現在でもポルトガル人は街のなかで自由に暮らしております。商人の振りをして布教も行えば我らに止める手立てはございませぬ」


「――出島の完成を急がせよ。そしてポルトガル人を収容するのだ。この太平の世で一揆など起こさせてはならぬ。島原と天草の動きも引き続き注視せよ」

「は」


 ――一刻も早く国を閉じ、異教徒の教えを排除せねば。幕府の体制を盤石にし、戦のない世を継続させなければならぬ。


 朝永は廊下へ出て庭の空気を吸った。

 そこへ貞宗と貞宗の嫁、江雪こうせつが連れ立って駆け寄ってきた。

 すっかり馴染んだ様子に江雪を迎えたことはよかったと思える。二頭をなでていると高麗川が言った。


「して、菜月殿のもとへはいつ行かれるのです? 江雪をご覧に入れるとお約束なさったのでしょう」


 先ほどまでの剣呑さはどこへやら、乳母の入江のような口ぶりにうんざりする。


「明日にでも連れていくつもりだ」

「それは、それは。吹上のお庭を散策なさるとよろしいでしょう」

「そこまでする必要はないだろう」

「では、お部屋でふたりきり、菜月殿と会話が成り立つと?」


 本当に高麗川という男は嫌なところを突いてくる。

 義務でかよう女と話すことなどない。まして、怖がる女など――。

 ふと、頭に違和感が走る。

 そういえば菜月は目をそらさぬな。

 恐れてはいるが拒んではいない。貞宗のことを振ってみれば嬉しそうに笑いもする。


 初めての閨のことが頭をよぎる。

 組み敷いた視線が朝永を見つめ、こう言った。

 美しい目だと。

 苦し紛れの言い訳と思っていたが、総触れのときに視線を感じて目端にとらえると必ず菜月がこちらを見ていた。その目は異質なものを嫌悪する視線ではなく、強いて言うなら興味があるものから目が離せないといったふうで、朝永に向けられる初めての視線だった。

 他にも気になることはある。

『不吉な娘だと人から遠ざけられておりましたから』

 あれはどういう意味を指すのか。


 多少の引っかかりはあったが、それより薩摩藩邸に送った文のことで間者ではと疑惑を抱く方が強く、すっかり忘れていた。

 しかし、間者にしては気配を消すことをしない。

 貞宗のこともそうだが、高麗川とのこと、薙刀の稽古、そして御台所のことも含めれば目立ちすぎているくらいだ。

 間者の基本は目絶たず周囲に溶け込むこと。

 今の行動が計算した上での立ち回りならあっぱれと言うしかないが、どうにもそういった『匂い』はしない。しばし考えたが、いっときの関係を持つだけの女に深く考える必要はないだろう。


 ――俺は、奥で成すべきことを果したという時間を作り『誰とも添えない』という結果を出すことのみ注視すればいい。むやみやたらに怯える女でないのならば、それに越したことはない。

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