第25話 和解 参
朝永の本心が見えず困惑する。
連れてくるとはまた会いにくるということなのだろうか?
あの日『ここで生きていきたいのならば、隠密のまねごとなどせぬように』と暗然たる瞳で言った人と重ならない。
チラと視線を合わせると、意外にも普通と例えるしかない表情がそこにあった。
青い瞳は心の堅さを映しているが、警告を告げたときとは明らかに様子が違う。
若葉の季節になろうとしている日射しが青い瞳に光を与え、ギヤマンに閉じ込めた海のように美しかった。
サワと吹く風がふたりのあいだを吹き抜ける。
「またくる」朝永はそう言って中奥へもどっていった。
菜月は白昼夢を見た心持ちだ。
けれど、香は興奮のまま菜月の手を握って言う。
「菜月さま! ああ、ああ、よろしゅうございました!」
「え、ええ、そうね……?」
「どうされたのです? 上様がまたお越しになると仰ったのですよ。喜ばしいことではございませぬか」
「そう、なんだけど……」
――だって、上様はわたしを間者と呼んで警戒されているのよ? それなのに、貞宗たちを連れてきてくれるなんて……。
朝永がなにを考えているのかわからず困惑する。
心境の変化があったのか、それとも別の目的があるのか。
考えて緩やかに首を振った。朝永の思惑など知りようもない。
菜月は思考を切り替えた。
また貞宗たちに会えることは嬉しいことだし、子犬のことを覚えていてくれたことも喜びを胸にもたらす。
なにより朝永の訪いに香が喜んでいる。
閨でなにごともなかったことを知って、酷く落胆していたから、朝永の訪いは法外の喜びよりなのだろう。
それに、「またくる」と言ったひとことが、なぜか胸に温かいものを滲ませる。
冷たい言葉を浴びせられたというのに、菜月は朝永を嫌いになれなかった。
ほんの少しだけ触れた朝永の本心が、菜月の柔らかいところにずっととどまっている。
上様のお心を知ることができたなら、なにかが変わるのかしら……。
***
「年貢の過重な取り立てに領民のあいだで相当な不満が膨らんでいるようにございます」
「それで、一揆の気運が高まっていると?」
「左様にございます。
「農民を処刑だと? 勝家の父、
「おそらく島原城の築城で多額な費用がかかったのでしょう。島原藩の税は九割とも言われております」
「九だと!?」
領民は米を作り、特産物を育て、商いにより藩に富をもたらす財産だ。
そのためには生かさず殺さずが鉄則。
「処刑のみならず九割の税など、まともに生きてはいけまい」
「はい。その不満に拍車をかけているのがキリシタンの弾圧」
朝永は眉根を寄せた。
幕府の体制を盤石にするために、キリスト教の教えを解くポルトガル人の布教を止めさせるために、ポルトガル人をとどめおく出島を築いているさなかだったからだ。
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