第24話 和解 弐
大奥内で人目を気にせず気晴らしできること……。御台さまのお心が晴れること。
「あ……」
「どないした?」
「御台さま。西の丸にお出かけなさるのはどうでしょうか」
「西の丸に?」
「はい。西の丸は退位した将軍さまの御殿として築造されたと聞いたことがございます。上様のお父君は、
御台所はぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、「能楽師を……」と呟いた。
「はい。殿方を招き入れることは叶いませぬが、芸事にすぐれた女子はおりましょう。なにより
菜月が言い終えると、御台所は「――っホホホホホッ」と笑い出した。
心底おかしそうな笑い声はしばし続く。
「御台さま……? あの、わたくしは失礼を申したでしょうか?」
「いや、そうではない……」
御台所は滲んだ涙を袖で拭いながら可笑し気に言った。
「なるほどと思うての。かの
「では」
「入江はんに言うてそないにしてもらいまひょ。そのときは、菜月はんも
「わたくしでよければ喜んでお伺いいたします」
「
「まぁ、そのような昔から。大奥もそれに習ったのでしょうね」
「そうや。ああ、なんや楽しゅうなってきましたえ」
「それはようございました」と微笑む菜月に、「菜月はんが
御台所の元を辞して部屋にもどっていく菜月の心は柔らかかった。
そもそも
これからは御台さまに真摯にお仕えしましょう。
部屋の障子を開けながら「聞いて香。御台さまが――」と言いかけた言葉はストンと断ち切れた。
「う、上様……!?」
菜月はうわずった声で「お、お待たせしたようで申し訳ございませぬ」と慌てて手を突いた。
どうして、わたしの部屋に? あの警告以降、高麗川さまにご連絡を取っていないわ。それとも御台さまへの献上品のことで――?
内心狼狽える菜月とは違い、朝永は落ち着いた声で言った。
「――よい。伝えることがあって参っただけだ」
「わたくしに伝えること……?」
思わず身構える。
しかし、朝永の言葉は予想もしないものだった。
「ああ。
「さ、貞宗さまにお嫁さんが!?」
「――そなた、子犬が欲しかったのであろう」
お、覚えていてくださったの……?
てっきり白紙になった話だと思っていただけに、驚きと嬉しさが胸にわき上がった。
「は、はい。どのようなお犬さまなのでしょうか」
「白毛でなかなかに利口な犬だ。貞宗も気に入った様子で一緒にすごしている」
「それはなによりでございます。将軍家に嫁いできたお犬さまならば、さぞや立派なのでしょう」
朝永がじぃっと見つめている。
口が過ぎたかと、慌てて「申し訳ございませぬ」と頭を垂れた。
「会いたいのならば連れてこよう」
「え?」
「なんだ。犬に会うてみたいのではないのか」
「は、はい。それはそうですが……。よ、よろしいのですか?」
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