第15話 朝永と菜月~見抜く青 弐

 カッカッ! と木刀薙刀の先が触れ、互いを探り合ったあと、菜月は左足をタッと踏み出すごとに相手の刃先を上から叩いた。

 二度、そうしたあと後ろに下がり、体重を乗せて一気に突き出す。

 相手は切っ先を打って軌道をそらす。

 打ち負けまいと腰を低く落として足下を狙うが、それも読まれていて、相手が枝を前にぶつかってきた。

 なんとか受けるが力の押し合いになり、枝の部分がバツ印の形となり、ジリジリと後退させられる。

 負けるかと力んだ瞬間、相手は手首をくるりと回転させて菜月の足首に物打を向けた。


「……まいりました」


 菜月はそう言って別式女べっしきめに一礼をした。

 寸止めされるので痛くはないが、急所をあっさりと狙われることはヒヤリとする。


「まだまだでございますね」


 そう言ったとき、「健闘しているのではないか」と声がした。

 聞いたことのある声の方を向くと、そこには朝永が立っていた。


「上様……!」


 菜月は慌てて控えた。別式女も同じくする。

 どうして上様がここに?

 朝永が自分のもとに足を運ぶとは思いもよらず、なにかしでかしたかのだろうかと緊張に身を固くした。しかし、朝永は気にしたふうもなく問う。


「薙刀を習うのは初めてか」

「は、はい。なかなか上達せず、不出来な弟子でございます」

「――いや、形はとれている。攻めることに注視するのではなく、相手の動きをよく見るようにすれば、おのずと取るべき次の行動がわかるようになるだろう」


 菜月は目をぱちくりさせた。


 ――褒めてくれている……? もしかして贈った薙刀をちゃんと使っているか確認するためにお越しなられたのかしら。


「聞きたいことがあってな。少し話がしたい。よいか」

「は、はい。もちろんにございます。どうぞお部屋へいらしてください」


 ふたりで部屋に入ると目を丸くした香に迎え入れられ、茶を淹れるために部屋を出た。菜月が促すと朝永は腰を下ろす。

 尋ねたいこととはなにかしら……?

 菜月は緊張して朝永の言葉を待った。その口が開く。


「よい品が揃っているな」

「あ、はい。……父が大奥で不自由のないようにと揃えてくださいました」

「薩摩はオランダとの交易で莫大な富を得ているのは有名な話だ。黒砂糖、金銀、樟脳しょうのうなどであったか」

「詳しくは知りませぬが、上様のお耳に届いているのならばそうなのでしょう」

「黒砂糖はときおり食べることがある。力強い甘さだ」

「そのように思っていただけていたとは……光栄にございます。父に知らせれば、さぞかし喜ぶでしょう」


 この方は本当に、あの夜の上様なの?

 菜月の戸惑いを気にせず朝永は問いかける。


「ところで入江はそなたを助けているか? 人数が多いゆえ行き届かぬこともあるだろう」

「いいえ、よくしていただいております。薙刀の稽古をお許しいただいたことも誠にありがとうございまする」

「入江が反対していると聞いているが止めるつもりはないのか?」

「はい。入江さまは、その……勘違いなさっておいでになるだけにごさいます。わたくしは、たまたま貞宗さまを助ける機会に巡り会っただけです」


 朝永の「期待するな」という言葉を忘れてはいない。


「それで聞きたいことだが……」

「は、はい」

「そなたは薩摩藩主、東斬直孝とうざんなおたかの”実の娘”か?」


 朝永はスッと表情を消し、青の瞳は夜のとばりが下りるように凍った湖の底の色へと変化した。

 菜月の喉は無意識にコクリと音を立てる。

 小手先で得た身分など呆気なく崩れてしまうものだ。

 菜月は観念して答えた。


「――いえ……。養女にございます」

「なるほど。東斬直孝は、おまえの器量を買い、大奥に潜り込ませる間者としたか。やはり薩摩は侮れぬな」

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