第7話 黄泉がえりの姫~大奥 参

 顔合わせを行ったのち部屋にもどった菜月を見て、香はひどく驚いたが、「お庭を見て回りましょうか」と優しく促した。

 整えられた庭を一緒に散策する。

 誰もいないことにほっとしたが、一月の空気は凍えるように冷たく、庭は広大で、まるで菜月の立場を象徴しているかのように思えた。

 葉を落とした木々は春になれば芽吹くだろうが、自分は一生枯れ木のままだだろう。そこへ温かな温もりが手を覆った。

 横を見ると香がにこりと微笑む。


「流れ流されたとて、人は行き着いた場所であがくしかないのでございますよ。大奥でなにができるか一緒に考えましょう」


 泣けば負けてしまう気がして、菜月は懸命に涙をこらえ「そうね」と小さく頷いた。



 大奥へ入ってから四日目の朝。

 お披露目の日を迎えた。

 様々な噂が流れる、伊々田朝永いいだあさなが公のご尊顔そんがんを拝すのだ。

 支度を調えながら一体どのようなお方なのだろうと怖さ半分、興味が半分という複雑な気持ちを抱きながら、総触れが行われる大広間へ向かった。

 足を踏み入れると一斉に視線が向けられる。うつむきそうになる顔を必死で上げて、控えるべき場所に腰を下ろした。

 ヒソヒソとささやく小声が耳に届く。

 負けてはだめ。決して下を向いてはだめ。

 そう言い聞かせながら待っていると「上様のお成―りー」とよくとおる声がして全員が一斉に平伏した。

 たすたすと足音がして、上段の席に座る衣擦れの音がした。

 そして入江の声が響く。


「上様におかれましてはご健勝のことお慶び申し上げます。先日、新しき御中臈となった者たちが無事大奥へお入りになられました。おまえたち顔をあげよ」


 小さく息を吐いてすっと顔を上げた。


 ――え……。


 菜月は言葉を失い、呆然とした。

 こちらを見つめる朝永の瞳が、とても、とても青かったからだ。

 噂には聞いていたが、これほどはっきりとした青だとは思わなかった。

 せいぜい灰色がかり微かに青が滲んでいるていどだと思っていたのだ。

 しかし、目の前にあるのは紛うことのない青の双眸。


 ――これが……嘉祥かしょうまなこ……。


 その青さはブルートパーズを思わせるような透明な青であり、琉球の海のように輝かしく、どこまでも透きとおった青い瞳だった。

 見つめることを躊躇うほど神秘性に満ちており、神が与えた天からの祝福のようだった。

 そうたらしめているのは、朝永の整った容姿にもある。

 月代の頭部は形がよく、山なりの柳眉の下にある涼やかな切れ長の目は、青の双眸を際立たせている。それを縁取る濃い黒の睫毛は目元に影を落とすほど長い。

 筋のとおった優美な鼻と寒椿のような赤い唇。

 すべてが計算され尽くした彫刻のようだった。

 けれど、その美しさには人間味が感じられなかった。

 感情のない顔は大切に飾られた人形のように心を映さず、寒々しさをまとっている。

 朝永は菜月たちを一瞥して、閉じた赤い唇をおもむろに開いた。


「大義であった。慣れぬ場所での暮らしだ。不自由があれば入江に申すがよい」


 それだけ言うと用はすんだとばかりに去って行った。

 入江に御中臈たちの紹介をする隙も与えない早業で、菜月たちの存在を気にもとめない振る舞いだった。

 チラと横を見ると、新しい御中臈三人たちの顔は蒼白で、膝のうえに置いた手を固く握りしめている。

 そして、空気を食むような声で呟いたのだ。


「青鬼」と。


 五年ものあいだ世継ぎができない理由がわかった。

 女性たちが怯える理由も。

 けれど、一瞬だけ、自分たちを見据えた海のような青い瞳が、菜月の脳裏に焼きついて離れなかった。



 その日から一日二度行われる総触れのたびに、菜月はこっそりと朝永を見つめることを止められないでいた。

 朝永は誰を見るわけでもなくちゅうに視線を漂わせ、入江の言葉を聞き、短く「ああ」「そうか」「そのようにいたせ」と答えるだけで十分もその場にとどまることはなかった。

 どうして、わたしは上様の瞳に見入ってしまうのかしら?

 その疑問に明確な答えはなく、強いて言うなら好奇心に近いのかもしれない。

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