第7話 月の石

 二人が最初にやって来たのは宝石店。

 ビルの一階に出された店は、ガラス張りの窓によって外から様子がうかがえる。

 なんともキラキラとしたオシャレオーラを纏っている。

 こんな高級そうな宝石店にハルジオンは入ったことがない。

 借りてきた猫のように周りを見渡しながら、紗耶の後ろに隠れて店に入る。


「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」


 入店したハルジオンたちの元に、サッと現れたのは女性店員だ。

 店に負けず劣らずオシャレなスーツを着込み、にこやかな笑顔を浮かべている。

 ハルジオン一人ならそのオーラに消し飛ばされていただろうが、今回は紗耶が居る。

 紗耶の影に隠れながら成り行きを見守った。


「男性へのプレゼントに指輪を買いに来ました」

「かしこまりました」


 店員はにこやかな笑顔を保ちながらも、チラリとハルジオンを見た。

 『男へのプレゼントなら、隣に居るこのキッズはなんなんだ』と不思議に思っているのだろう。

 もっともな疑問である。


「失礼でなければ、男性との関係をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「……か、彼から告白されたので、その返事をするためです」

「おめでとうございます。とても素敵なお話ですね」


 紗耶はバツが悪そうに答えていた。

 告白された返事をするために指輪を買いに来た。

 そんな乙女チックな行動が恥ずかしかったのだろう。


「それでは、お連れの方は?」

「彼の妹さんです。指輪を選ぶのを手伝って貰いたくて」

「なるほど、妹さんですか」


 店員は納得したようにうんうんと頷く。

 やはりハルジオンの存在が気になっていたらしい。

 紗耶は上手く嘘をついて、ハルジオンが品物を選ぶのに自然な流れを作っていた。


「失礼ですが、お客様は学生の方でしょうか?」

「ええ、そうです」

「それでしたら、こちらの品物などがお勧めです」


 店員に連れられたのは、店の隅のほう。

 学生という事で比較的リーズナブルな価格の商品を勧めているのだろう。

 それでも値段はバカ高い。ショーケースに広げられた商品には、万単位の値札が置かれていた。


「うわ、高い……⁉」


 思わずハルジオンの口から声が漏れ出た。

 つい先日は騙されて、値段だけならもっと高いものを買っているのだがすっかり頭から抜け落ちているようだ。


「ふふ、大丈夫よ。私はこれでも稼いでいるから、あと桁が一つ増えても問題ないわ」

「はぇ……」


 紗耶の男気溢れる言葉に、ハルジオンの口から空気が漏れる。

 圧倒的な財力の違いを見せつけられてしまった。


 一方、それを聞いて店員は目つきを鋭くした。

 ただの学生かと思った客が、思いのほか太客になりそうだと睨んだのだろう。

 見た目は華やかでおしゃれな宝石店でも、中では血みどろの成績合戦が繰り広げられているのだ。

 獲れる所からは獲りたいのである。


「よろしければ、こちらの商品も――」

「あっ……」


 店員がもっと値段の張る商品へと誘導しようとした時だった。

 ハルジオンの目がとある指輪に留まった。

 キラキラと白金色に輝くリングに、青の混じった白い宝石が輝いている。

 まるで星を閉じ込めたような宝石の輝きに、ハルジオンの目が奪われた。


「これなんか、どうでしょうか?」

「ホワイトゴールドにブルームーンストーンのリングね」


 ハルジオンが指輪を指し示すと、紗耶は考えるように首をかしげた。

 一方で店員は笑顔をこわばらせる。

 なにせ、その指輪の値段は三万円にも届かない。せっかく余裕がありそうな客に売りたい品物ではない。

 もっと高い指輪を買ってもらえるはずなのだ。


「とてもお目が高いですね。ムーンストーンは恋愛成就の宝石としても知られています。告白のお返事として相応しいでしょう。しかし、せっかくならこちらの商品はいかがでしょうか?」


 店員は別の指輪に手のひらを向けた。

 ハルジオンが見つけた指輪よりも、大きなムーンストーンがあしらわれた指輪だ。


「こちらはプラチナのリングに、より大きなブルームーンストーン。さらに小さなダイヤをちりばめた指輪です。ダイヤがお二人の交際を祝福するようで素敵ではないでしょうか?」

「交際を祝福……悪くないわね」


 店員が勧めた指輪の値段は十万を超えていた。

 ホワイトゴールドよりも高いプラチナ。さらにリングの形もより複雑で値段が張る。ついでにダイヤが散りばめれているため、値段が三倍以上も膨れ上がっていた。

 しかし値段が上がっていても、紗耶の反応は悪くない。これは買ったなと店員は内心でほくそ笑む。


「うぅん……」


 しかし、ハルジオンは微妙な顔である。

 紗耶もそれに気づいたようだ。


「あら、こっちは微妙かしら?」

「あんまりごちゃごちゃしてるのは好きじゃない……ような気がするんですよね」


 今回のプレゼント選びでは、ハルジオンの感性で素直に意見をして欲しいと頼まれている。

 なので素直な気持ちを言わせて貰えれば、店員の選んだ指輪は派手過ぎだ。

 散りばめられたダイヤはもちろん、うにょうにょと不思議な形をしたリングも好きではない。


「それに、こっちの指輪が目に留まったのは理由があって……」

「理由ってなにかしら?」

「この指輪を見た時に、なんとなく紗耶さんのことが思い浮かんだんです。飾らない宝石の輝きを見た時に、僕が憧れた強く優しい紗耶さんに似ている気がして……きっと、紗耶さんに似た指輪を贈って貰えたら嬉しいんじゃないかと思ったんです」


 ハルジオンは上目遣いで紗耶を見つめる。

 始めは見つめあっていた二人だが、紗耶は胸に手を当てると顔を真っ赤にしながら目をそらした。


「そうね。これを買いましょうか……」


 紗耶の言葉を聞いて、店員は悔しそうに頬を引きつらせた。

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