第6話 地産地消NTR

「ちょっと安心感を憶えてる自分が怖い……」


 ハルジオンは街中で待ち合わせをしていた。

 待ち合わせの相手は紗耶だ。


 もちろん、と言って良いのか分からないが女性物の服を着ている。

 今回は紗耶セレクション。

 パステルカラーの服装は、ゆめかわファッションと言うらしい。

 詩音ではなくハルジオン状態なだけ気が楽だった。

 末期である。


「待たせてしまったわね。ごめんなさい」

「いえ、ボクもさっき来たところです」

「それじゃあ、その辺のお店にでも入りましょうか」


 やって来た紗耶と共に、近くのカフェに入った。

 席に案内されて、メニューを開く。


(うっ……高いなぁ……)


 オシャレなカフェだが、値段はオシャレじゃない。

 いや、むしろ高い方がオシャレなのだろうか。

 ともかく、騙されて安物の指輪に全額をぶん投げたハルジオンには、辛い値段設定だ。

 コーヒー一杯が限度だろう。


「どうしたの? 難しい顔をして」

「い、いえ……『ちょっと高いなぁ』と……」

「今日は私が呼んだのだから、好きなのを頼んでも良いわよ?」

「い、良いんですか⁉」

「ほら、このケーキなんてどうかしら? 生クリームがたっぷり入ってるわよ?」

「ほわぁ……」


 ハルジオンはケーキが好きだ。特に生クリームがたっぷり入ったやつ。

 逆に和菓子系はあんまり。

 実家で出されるのが和菓子系ばっかりだったせいだ。


「それでお願いします!」

「分かったわ。他にも食べたいものがあったら、遠慮せずに言って?」

「は、はい」


 ハルジオンは少し懐かしくなった。

 高校時代は、放課後や休日にはよくこうして食事を奢ってもらっていた。


 いや、そんなことで懐かしさを感じるなよ。

 とことんヒモ根性が染みついてしまっているハルジオンである。


 注文後。しばらくして品物がやって来た。

 ハルジオンはやって来たケーキにパクつく。

 だが、紗耶は注文したパフェにスマホを構えていた。パシャパシャと写真を撮っている。


「SNSに上げるやつですか?」

「そうよ。投稿用のネタは少しでもストックしておかないといけないから」

「SNSって大変そうですね……」


 紗耶は、動画配信よりもSNSへの投稿をメインに活動している。

 配信活動とはまた違った苦労がありそうだ。


「大変だけど、現代において『発信力』は大事な武器になるから。少しでも研いでおいて損はないわ」

「武器、ですか?」

「ええ、気に入らない老害を社会的に叩き潰す武器になるわ」


 紗耶の言葉には、なんとなく棘があった。

 まるで仇敵への恨みをにじませるように。


「さて、写真はこんなもので良いわね」


 紗耶が写真を撮り終わったときには、すでにハルジオンはケーキを食べ終わっていた。

 紗耶はパフェを一口食べる。


「うん。甘いわね」


 なんとも薄い感想だった。

 もう一度、パフェをスプーンですくう。

 今度はハルジオンにスプーンを向けた。


「はい。あーん」

「え、え⁉」


 食べて良いのだろうが、ここで食べたら間接キスだ。

 それはちょっと気まずい。

 だけど、ハルジオンはパフェが食べたかった。


「あら、食べないの?」

「た、食べます」


 豆腐ほどの意思はあっさりと砕けた。

 差し出されたパフェに食いつく。

 なんだか、五割増しで甘く感じる気がした。


「ふふ、どんどん食べて良いわよ。私はそんなに甘いものが好きなわけじゃないから」


 ハルジオンも知っている。

 高校時代からそうだった。

 今だって紗耶が注文した飲み物はコーヒーのブラックだ。

 だが、知らないフリをしておく。


「そうなんですか?」

「投稿のために注文するんだけど、食べきるのが大変な時もあるのよね」


 ハルジオンは差し出されるパフェをパクパクと食べていく。

 わざわざ紗耶がすくって食べさせているせいで、バカップルみたいだった。


「あの、ところで相談ってなんでしょうか?」


 パフェの残りも少なくなったころ、ハルジオンが切りだした。

 そもそも、ハルジオンが紗耶に呼ばれたのは、相談があると言われたからだ。

 

 ぴくり。

 紗耶のスプーンを差し出す手が止まった。

 少しためらいながら口を開く。


「実はね……告白されたの」

「こ、告白ですか⁉ それって、プロポーズってことですか?」

「そうなるわ」


 驚くハルジオン。

 ご存知の通り。告白した(と思われてる)のはコイツ自身である。


「そ、それでね。その人に、良い返事をしようと思うの……」


 紗耶はかき消えそうな声で呟いた。

 真っ赤な顔をしてうつむいている。

 普段の強気な彼女からは想像できないほど、乙女チックな仕草だ。


「そ、そうですよね。紗耶さんは綺麗ですから、告白ぐらいされますよね……」


 少しだけ、ハルジオンの心に煙がたかれた。

 僅かな嫉妬心と、そこから出たモヤモヤだ。


(なんで、こんな気持ちになるんだろう。友だちが告白されたんだから、喜ぶべきなのに……)


 もう一度言うが、告白したのはコイツだ。

 良い返事をされる予定なのもコイツだ。

 地産地消NTR。


「それでね。彼に返事をするのに、なにかプレゼントをしようと思うの。そのプレゼント選びを手伝ってくれないかしら?」

「ボクが、ですか?」

「ええ、ハルさんと彼で共通するところが多いから……お願いできる?」


 ハルジオンとして――詩音として、思う所が無いわけじゃない。

 しかし友人の祝い事だ。自分にできる手伝いはしよう。

 ハルジオンは力強くうなずいた。


「分かりました。ボクで良ければお手伝いします」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る