5話

「なんか最近、見られてる気がする」


 詩音は大学の廊下を歩いていた。

 となりには飯野が居る。


「ストーカー? 警察にでも相談する?」

「でも気のせいかなぁ?」

「どっちなのよ……」


 ふとした時に視線を感じる。

 だがどこから見られているのかは分からない。


 周囲を警戒しても、それらしい気配は感じず。

 気がつくと視線を感じなくなっている。


 もしかしたら、華恋のストーカーかと思った。


 だが、それならなぜ付け回すのだろうか。

 逆上して襲い掛かってくるとか、写真をネットにばらまくとか。

 もっと攻撃的な行動に出そうなものだ。


 結果として『ただの気のせい?』と詩音は考えていた。


「ねぇ、それってのせいじゃないの?」


 飯野が指さす。

 その先に居たのは。


「紗耶だ。なにしてるんだろう」


 紗耶は壁に隠れるようにして詩音たちを見ていた。

 詩音たちが視線を向けると、ひゅっと姿を隠す。


「かくれんぼかな?」

「そんなわけないでしょうが……」


 じゃあ何をしているのだろうか。

 詩音が首をかしげる。


「あ、こっち来たわよ」


 カツカツと足音が鳴る。

 紗耶が近づいてきた。

 その顔は真っ赤だ。

 少しうつむいて、慌てるように喋った。


「しししし、詩音くん。今日は私とお昼を食べましょう」


 なるほど、紗耶が話しかけるタイミングをうかがっている視線だったのか。

 詩音はそう納得した。


 そしてご飯のお誘いだが。

 詩音はチラリと飯野を見る。


 別に約束をしているわけではない。

 だが時間が合うときは、いつも飯野と食べていた。

 紗耶と食べるとなると、それを裏切ってしまうようで心苦しい。


「詩音くん。その女は危険よ」

「いきなり人のことを危険物扱いしないでください……」


 紗耶はビシっと飯野を指さす。

 探偵が犯人を当てるように。


「その女は、腐ってるの! これ以上いっしょに居てはいけないわ!」


 詩音は飯野を見た。

 腐ってる? どこが?

 詩音がみる限りでは、飯野におかしなところはない。


「えっと、飯野は体の調子でも悪いの?」

「快調よ」

「じゃあ、ゾンビになったとか」

「だとしたら、こんなにペラペラ喋れないわよ」


 ならばどこが腐っているのだろうか。

 詩音は紗耶を見る。


「その女はね。腐女子なのよ」

「ふじょし?」

「はぁ!?」


 驚きの声を上げたのは飯野だ。

 詩音は腐女子ってなんだろうと、飯野を見る。


「ち、違いますけど!? そういう趣味を否定するつもりはないけど、私は違います!」

「どうかしらね。実は詩音くんでアレな妄想をしてるんじゃないの?」

「し、してませんよ! 私は夢女子派です!」


 夢女子。

 また知らない単語が出てきた。

 詩音は後で検索してみようと決める。


「嘘を言わないで。あなたが詩音くんに女装させて喜んでいることは分かってるわ」

「は? 女装?」

「女装した詩音くんが、男と絡んでいるところを妄想して楽しんでいたのでしょう?」


 紗耶は勝ち誇った顔で、飯野に叩きつけた。

 だが飯野には効いていない。

 深いため息をついて、こめかみを揉んだ。


「女装させていたのは、私じゃなくて華恋さんですよ」

「え?」


 飯野から紗耶に説明される。

 飯野には説明済みだった。

 もちろん華恋から許可をとって。


 華恋をストーカーらしき者が付けましていた。

 それを追い払うために恋人のフリをした。

 だが華恋の所属する事務所は異性との恋愛禁止。

 それをごまかすために、詩音は女装をしていた。


「つ、つまり、私の勘違い?」

「そうですよ」


 ぽかんと紗耶が口を開けた。

 そして、


「ご、ごめんさいぃぃぃ!!」


 声を上げながら走り去ってしまった。

 結局、何だったんだろうか。

 詩音がよく分からないうちに、話は終わってしまった。


「ふ、私の勝ちね」


 なぜか飯野は勝ち誇った顔をしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る