3話 

 お昼ご飯にお寿司を食べた後。

 詩音と華恋は水族館に来ていた。


 水族館を周っている途中。


「ちょっと離れますね。退屈だったら先に行っていいですから」


 華恋はそう言って、詩音から離れて行った。

 トイレとかだろう。


 『先に行ってもいい』

 そうは言われたが、さすがに先に進むほど詩音も無神経ではなかった。

 なかったのだが……。


「うわー、くらげキレイだなー」


 薄暗い照明。

 その中で、淡く光るクラゲは幻想的な風景を作り出す

 心が引き込まれる。


 そうして見ていると、つい次の水槽を眺めてしまう。

 そして次の水槽を、さらにその次を――


「……あれ? ここどこ?」


 気がつくと、よく分からない場所に流れ着いていた。

 波に流されるクラゲみたいなやつである。


「いけない。早く戻らないと……」


 このままでは華恋とはぐれてしまう。

 急いで戻ろう。

 詩音は踵を返したのだが。


「ちょっと、危ないわよ?」


 危うく人にぶつかりそうになってしまった。


「あ、すいま――ッ!」


 顔を見て驚いた。

 そこに居たのは、紗耶だった。


 ビクリと体がこわばった。

 だが、まだ大丈夫だ。

 詩音とバレたわけじゃない。


 詩音たちは薄暗い通路に居る。

 女装した詩音だと見破るのは難しいはずだ。


 バレないうちに、さっさと行こう。

 詩音はそう思ったのだが。


「す、すいませんでした――うわっ」


 立ち止まった詩音たちを抜かそうとしたのだろう。

 子供が走り出てきた。


 それを避けようとして、詩音は体勢を崩す。

 つい、親しい紗耶のほうに体を寄せてしまった。


「キミ、ちょっと落ち着きなさいよ」


 紗耶の顔を見る。

 最初は嫌そうな顔をしていた。

 次に不思議そうに顔をかたむける。


 そしてハッと目を見開く。

 その顔は少しずつ赤く染まっていった。


「し、詩音じゃない!」


 バレてしまった。


「どうしてそんな恰好しているの!? ま、まさか!」


 紗耶は何か思いついたらしい。

 飯野みたいにおかしなことを言いだすのではないかと、詩音は警戒する。


「わ、私の返事が遅いから、男のほうに走ろうとしているの!?」

「え、なに、何の話?」


 紗耶は口に手を当てて、ぶつぶつと考え事を始める。

 詩音にはよく聞こえない。


「詩音を狙う『腐敗者』どもは排除していたはずなのに。まさか、この一年のあいだに詩音に魔の手がおよんでいたの!? ッ!!? さては、あの飯野とかいう女……! 無害そうな顔をした『腐れ外道』だったわけね」


 ドン!!

 紗耶は詩音に壁ドンをキメる。

 そして、そっと顔を近づけてきた。


「返事が遅くなってごめんなさい。今はまだ問題があるのよ。それが解決したら返事をするから、それまで待っていて。そんな間違った方向には進まないで。それと、これだけは伝えておくわ」


 紗耶は顔を赤くする。

 うるんだ瞳で詩音を見つめる。

 そして、意を決したように呟いた。


「き、キミのことが好きだから」


 そもそも、返事って何の話だろうか。

 詩音の頭に疑問が浮かぶ。


 だが好きだと言われるのは嬉しい。

 また友人としてやり直せる。


「ボクも紗耶のことが好きだよ」


 詩音はにこりと笑う。

 また紗耶と遊べるのが楽しみだった。


 高校時代には、たくさん奢ってもらった。

 それを返せるぐらい、紗耶に贈り物をしようと詩音は決めている。

 そのためにも頑張らなければ。

 詩音は決意した。


「はぅ」


 紗耶からへなへなと力が抜けて行く。

 詩音の胸に顔をうずめた。


「そ、そういうことを、面と向かって言わないでぇ……」


 最初に言ったのは紗耶なのに……。

 詩音は理不尽を感じた。


「と、ともかく!」


 紗耶が復活した。


「近いうちに返事はするから!」


 そう言って、紗耶は早歩きで行ってしまった。


「結局、返事ってなんなんだろう?」


 詩音は首をかしげながらも、来た道を戻っていった。


 道を戻ると、華恋がやってきているのが見えた。


「せ、先輩……まさか本当に先に行くとは思いませんでしたよ……」


 華恋はあきれたように詩音を見た。

 そりゃそうである。


「ご、ごめん。つい夢中になっちゃって」

「はぁ、仕方がな――」


 なんだか許してもらえそうな雰囲気だ。

 そう思えたのは一瞬だけだった。


「は?」


 華恋の目が鋭くとがった。


「せんぱーい。なんで他の女の匂いがするんですかぁ?」


 それは甘えるような声だった。

 しかし決して甘くない。

 はちみつの中に、大量のハバネロをぶち込んだような異質さを感じる。


 ガッと乱暴に腕に抱きつかれる。


「私をほったらかして、どこの雌猫とイチャついてたんですかねぇ?」


 返答を間違えたら腕をやられる。

 そう詩音は直観する。


「い、いや。偶然、友だちと会っただけだよ」

「ふーん?」


 明らかに信用していない声色だ。

 本当の事なのに……。

 詩音はしゅんとする。


 その様子を見て、いちおう華恋も納得したようだ。

 だがやはり不満そうである。


「……罰として、抱っこしてください」


 そう言って、華恋は手を広げてくる。

 詩音はしぶしぶ華恋を抱き上げる。


 米みたいに。


「ちっがいますよ! 女の子が抱っこって言ったら、お姫様抱っこでしょ!?」

「ご、ごめん」


 詩音は華恋を持ち直す。

 華恋の希望通りの、お姫様抱っこだ。


 少し顔を下げれば、そこには華恋がいる。


「こ、この状態で周るの?」

「当然じゃないですか」

「……重いんだけど」


 バシン!

 思いっきり頭をはたかれた。

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