2話

「詩音……よね?」


 飯野は戸惑っているようだ。

 女装した友人が、ランジェリーショップから飛び出してきたのだ。

 そりゃあ戸惑うに決まってる。


「チガウヨ。ヒトチガイダヨ」


 詩音はがくがくと喋る。

 別人だと言い張れば、なんとかなるかもしれない。


「いや、さっき私の名前を呼んでたじゃないの」

「うぐぅ」


 失敗した。

 名前を呼んでいなければ、まだごまかしがいたかもしれないのに。


「なんで女装なんて――まさか!?」


 飯野は何かを思いついたらしい。

 顔から血の気が引いていく。

 青ざめた顔で、ブツブツと呟き始めた。


「だとしたら、金欠のはずの詩音が指輪なんて買ってこれたのも説明がつく――!」


 ガッと飯野は詩音の肩を掴む。

 そして子供を叱るように。


「悪いことは言わないから、怪しい活動は止めなさい。今はまだ大丈夫かもしれないけど、悪い大人はいっぱい居るのよ。ごはんなら私が上げるから」

「な、なに? なんの話!?」

「ごまかそうとしないで、あなた――」


 飯野は詩音の目をジッと見つめた。

 そして、少し言いづらそうに。


「パパカツしてるんでしょ」

「してないよ!?」


 飯野が詩音をギュッと抱きしめる。

 子供をあやすように背中をなでた。


「いいのよ。もう無理しなくて。これからは私が何とかするから。だから変なおっさんの相手なんかしないで」

「誤解だって!」


 飯野に離してもらおうともがく。

 すると、首筋が燃えるような殺気を感じた。


「先輩、なんで私とのデート中に、他の女と抱き合ってるんですかぁ?」


 華恋だ。

 下着を購入したらしく、小さな紙袋を持っている。

 口元は笑っているが、目がガン開きだ。


「あ、あれ、華恋さん?」


 飯野は華恋を見ておどろく。

 華恋は詩音と同じ大学の後輩だ。

 もちろん、飯野の後輩でもある。


 なぜ女装した詩音と一緒にいるのか、戸惑っているようだ。


「お久しぶりです。飯野先輩。この間はありがとうございました」


 そう言いながらも、ガッと詩音の腕を掴む。

 そして勢いよく飯野から引き抜いた。


「詩音先輩は私と、、してるので。返していただきますね」

「で、デート? なんで詩音と?」


 飯野は、詩音と華恋の顔を見比べる。

 飯野は二人の接点を知らない。


「いや、これには理由が――」

「詩音先輩、勝手に喋らないでください」

「はい」


 詩音は強制的に黙らされる。


 飯野は戸惑う。

 しかし、しぶしぶ従っている詩音を見て、何かを感じたらしい。


「分かったわ。今日のところは詳しくは聞かない」

「ありがとうございます。飯野先輩」


 飯野は『はぁ』とため息をはいた。

 詩音を見る。

 その目は、ダメなペットを見るようだ。


 呆れているが、優しい目。


「詩音のことだから、エサにでも釣られたんでしょうね」


 ギュッと、華恋が腕を掴む力が強まった。

 顔を見ると、笑顔がヒクついている。

 図星を突かれて動揺したのだろうか。


「じゃあね。詩音も、ちゃんと良い子にしてるのよ」


 そう言って、立ち去って行った。

 詩音と華恋は、それを見送る。


「なんであの人は飼い主みたいなこと言ってるんですかねー」


 そう言った華恋の声は震えている。

 どこかトゲトゲしい感じだ。


「なんか、華恋ちゃん怒ってる?」

「えぇー? なんで私が怒るんですかぁー? さっさと行きますよ」


 詩音の体が強引に引っ張られた。

 やっぱり怒ってるよね。なんで?

 詩音は混乱しながらも、引きずられていった。





「あ、ハンバーグ!」


 ぐるぐると回る回転ずし。

 詩音はハンバーグの乗った寿司を見つけると、それをサッと取った。

 もぐもぐと食べる。


「あ、お肉!」


 カルビ寿司を見つける。

 サッと取ると、もぐもぐと食べる。


 その様子を華恋は、ジトっとした目で見ていた。


「いや、魚食べましょうよ。お寿司なんですから」

「そうだった……あ、ケーキ!!」

「魚は!?」


 詩音はケーキの皿をテーブルに取った。

 そして、少し申し訳なく、体を縮こませる。


「次にいつ流れてくるか分からないから……」

「流れてきますよ!? そもそも注文すればいいですよね!?」


 華恋はレーンの上にある、特急レーンを指さす。


「え、電車呼んでいいの?」

「なんで、ダメだと思うんですか」

「あんまり使いすぎると渋滞するのかと思って」

「しませんよ……」


 華恋はパネルに指を伸ばす。

 いくら、サーモン、たまご。ついでにオレンジジュース。

 キッズが好みそうなネタを選んで注文する。


 少しすると、電車に乗って寿司が運ばれてきた。


 詩音はすまし顔をして、それを見ている。

 だが目はキラキラとしていた。


「こうやって運ばれてくるのって、なんとなく特別感があって良いよね!」

「フフ、そうですね」


 内心はしゃいでる詩音。

 それを見て華恋はクスリと笑った。


 詩音はお寿司をテーブルに移して、もぐもぐと食べる。

 その様子を華恋はジッと見つめていた。


「……ボクの顔に何かついてる?」

「いえ、違いますよ。ご飯粒とか付かないのは残念ですけど」


 最後の方は、ぼそぼそとしていて、詩音には聞こえなかった。


「詩音先輩って楽しそうにご飯食べるんだなって」

「もちろん楽しいよ」


 詩音はにこりと笑った。

 普段は無表情か、困った顔が多い詩音には珍しい笑顔だった。


「華恋ちゃんと一緒だから」


 華恋はハッと目を見開く。

 じわじわと顔が赤くなっていった。


「な、なんですか急に! 先輩にそんなこと言われても嬉しくないんですけど!?」

「え、ご、ごめん」


 詩音はシュンとうつむいた。

 華恋が慌てだす。


「あ、いや、違くて、言い間違えました。嬉しいです」

「そっか、華恋ちゃんも楽しいんだね?」

「……そうですね」


 華恋の返事には、なにか抵抗があるようだ。

 嫌なわけではなさそうだが。

 詩音は深く考えようとする。


 それをさえぎるように『あ!』と華恋が声を上げた。

 

「写真撮ってない。レアショットだったのに……先輩、もう一回笑ってください」


 華恋はスマホを取り出す。

 そして、詩音に向けて構えた。


「こ、こうかな?」


 詩音は笑おうとしてみたが、その笑顔はぎこちない。

 作り物感がでている。


「ダメかぁー。失敗したぁ」


 華恋はハァとため息をついた。

 なんだったのだろうか。

 詩音は首をかしげた。

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