キャラクターオーディション2

☆忍者女子のニートライフ


「いえーい、あいあむあ、ちゃんぴおん」


 『添木名月そえぎなつき』はパソコンの前でつぶやいた。

 二年ほど前、高校時代にバイト代で買った高性能パソコンだ。

 最新のゲームでも問題なく動く。


 バトルロワイヤルゲームで勝利を手に入れた。

 それに名月は満足して、体を伸ばす。


 パソコンで時間を見ると、もう午前5時だ。

 夜通しでゲームをやっていたら、この時間になってしまった。

 ちなみに、今日は平日。


「……寝るか!」


 社会人であれば、確実にアウトな時間帯。

 だが名月には関係ない。


 名月は高校卒業後、大学には行かなかった。

 かといって、就職もしなかった。

 なにもしなかった。


 つまりはニートだ。

 引きこもりまでは行っていない。

 たまにバイトをして、自分のお小遣いくらいは稼いでいる。


 なぜ、そうなったか。

 明確な理由はない。

 ただ何となく、やる気が出なかった。


 なにをやっても、上手くいかない気がした。

 失敗する未来ばかりを想像してしまう。

 そして、やる気がそがれていく。


 名月は敷きっぱなしの布団に潜ろうとした。

 ガタン。

 高いタンスの上から、何かが落ちた。


 名月はそれを拾い上げる。

 ほこりだらけの写真立てだ。

 なかには、名月が幼いころの写真が入っている。


 ほこりにまみれて良く見えないが、幼い名月の隣には誰かが立っている。

 そっと、いつくしむように、指で誇りを拭いた。


 そこに写っていたのは黒い髪の少年だった。

 興味なさそうに、ぼんやりとこちらを見つめている。

 その少年の名前は、


「詩音のやつ、元気にしてるかな……」


 詩音は、刀を振るう以外は何もできない少年だった。

 いや、何もできないように教育されていたのだろう。

 それが彼の祖父の教育方針だった。


 一人で学校に向かえば迷子になる。

 知らない人に声をかけられても、のこのこと付いて行こうとする。

 友だちはいない。

 勉強だって最低限しかできない。


 そんな詩音を支えるのが、名月の一生をかけた仕事だった。


 そのはずだった。


 だけど中学生のころに、状況はぐるりと変わった。

 詩音はいろいろな事情があって、彼の祖父から見捨てられた。


 そうなったら、詩音に名月を付けておく意味はない。

 役立たずにサポートなんていらない。


 それでも名月は、友人として詩音と一緒に居ようと思っていた。

 だけど、それも禁止された。


 彼の祖父は、詩音がダメになった理由は周りの人間のせいだと激怒した。

 彼の母もずいぶんと嫌がらせを受けたらしい。


 そして名月に対しても、その怒りが向いた。

 だが名月の家は、詩音の家に長く仕えている忠臣だ。

 嫌がらせは受けなかった。


 ただ、名月は詩音との接触を禁じられた。


 そんなものは無視して会いに行けばいい。

 最初はそう思っていた。


 だが禁を破れば、家に迷惑がかかる。

 他の家族への嫌がらせへと発展する可能性がある。

 それに気づくと、もうなにもできなかった。


「はぁ……」


 名月はため息をはいた。

 暗い気持ちになってしまった。

 さっさと寝て忘れよう。


 そう思ってふとんへと向かったのだが。


 ガラガラ!

 勢いよく、部屋のふすまが開けられた。

 やってきたのは、名月の父だ。


「名月、ちょっと来なさい」

「えー、今から寝るとこなんだけど」

「いいから、来なさい」


 いやいやながら父に付いて行く。

 名月の家は和風の屋敷だ。


 歩くたびに床がキシキシと音を立てる。

 それは単に家が古いからではなく、侵入者に気づけるように作られたトラップだ。

 家の人間は、常に一定のリズムで歩く。

 そのため外部の人間がいれば、歩くリズムで分かる。


 名月は部屋に連れていかれる。

 机を挟んで父と向かい合って座った。


「私の知り合いが理事を務める大学に通わせてもらえることになった」

「え、私がってこと?」

「そうだ」

「えー」


 名月は面倒くさそうに声を上げた。

 今さら大学に通うのは面倒だ。


「私もお前を甘やかしすぎた。お前は家を出て、一人暮らしをしなさい」

「一人暮らし!?」

「家賃も自分で稼ぎなさい」

「そんなの、安いアパートしか住めないじゃん!」


 名月はぶーぶーと非難の声を上げる。

 しかし名月に拒否権はないようだ。


「大学の場所を教える。早急に家探しを始めなさい」

「えー」


 こうして、名月の快適ニートライフは終わりを告げた。




☆とある魔導士の野望


 『ステラ・クロウリー』には夢がある。


「黒髪で中性的な顔をした美青年をエロトラップダンジョンにぶち込みたい!!」


 ステラはおしゃれな喫茶店の中心でそう叫んだ。

 勢いよく立ち上がったことで、彼女の黄金の糸のような髪と、キレイな白衣がはためく。


 周りの客がギョッとした目でステラを見る。

 しかし、ステラ自身はなんら気にした様子もない。


 むしろ同席者の方が気にしている。


「ステラさん、周りの目を考えてくれない?」


 紗耶はこめかみに血管を浮かべながら言った。

 怒りで声が震えている。


「なんだ、こんなの可愛いものだろう? 私のひいおじいさんなんて、ち〇こに蝶ネクタイ結んで社交場に出たことがあるんだぞ?」


 ステラはどこか自慢気に言った。

 いや、自慢できる要素ありませんよ。


「なぜキミのようなド変態一家の血が続いているのか、不思議でならないわ」

「そりゃあ、魔法使いとして優秀だからさ」


 ステラの一家は由緒正しき魔術師の家系だ。

 まだ

 彼女のひいおじいさんは魔術結社に所属していた。


 その後、なんやかんやあって結社内でドンパチやらかした。

 結社を飛び出した彼は、セッ〇ス上等のイカレた教団を作ったり。

 そのことで警察に怒られて、やっぱりドンパチやらかして。

 なぜかK2に登頂したり、エジプトに行ってピラミッドの研究をして。

 最終的に日本に流れ着いた。


 ちょうどそのころ、日本にはダンジョンが出現し始めた。

 彼女のひいおじいさんは、喜び勇んでダンジョンに潜った。

 そして『スキル』を開発して、人々にダンジョンと戦う力を与えた。


「優秀だけど……」


 実際にステラのひいおじさんの功績は凄まじい。

 ただし、それを帳消しにするほどの奇行も目立つ。


 ステラ自身も、優秀な魔法使いであり、ダンジョンの研究者でもある。


「はぁ、そんなことはどうでもいいの。クソトラップダンジョンってなんなの?」

「ああ、その話だったね」


 そして、ステラは呪文を唱えるように言った。


「すべての男女は星である。ダンジョンとはその星々がみる夢なのだ」

「それは、キミのおばあさんの言葉よね? ダンジョンは人の意識、文化によって生まれているっていう」

「そうとも」

「なんの根拠もないんでしょう?」

「クソトラップダンジョンが根拠になるかもしれない」

「は?」


 ステラはスマホを取り出して、テーブルに置く。


「クソトラップダンジョンはスマホによって生まれた」

「いや、意味が分からないわ」

「紗耶ちゃんは、芸術の歴史に興味はあるかい?」

「ないわ」

「私も門外漢だから詳しくはないけどね」


 ステラはスマホを操作する。

 次に見せてきたときには、その画面にはどこかで見たことがある彫刻や絵画が映っていた。


「大昔。芸術と言えば、神々を描いたものか、あるいは王の偉大さを描いたものが評価された」

「神や王様、どうして?」

「芸術を評価するのが、権力者だったからさ。芸術とは権力者を飾り付けるためのツールだった」


 再びステラはスマホを操作する。

 今度もやはりどこかで見たことのある絵画。

 しかし描かれているのは、ひまわりや落書きにも見える人の絵だ。


「だけど、民主化によって時代は変わった。神や王は絶対的なものではなくなった。芸術には多様性が生まれたんだ」


 だけど……とステラは続ける。


「これだって、完全に民衆が評価を決めていたわけじゃない。『マスメディア』つまりは、新聞やテレビだね。彼らがフィルターとなって、民衆が何を見るべきかを決めていた」


 ステラはコツコツとスマホを叩いた。

 スマホの画面ではなく、スマホ自体を見せる。


「だがその時代も終わった。インターネットの普及によって、個人的にはスマホが大きいと思うよ。一人一台。誰でもどこでもネットに繋げる。スマホによって人とネットの距離はグッと近くなった」


 ステラはSNSで『絵』と検索する。

 そこに出てくるのは、絵画ではなくアニメチックなイラストだ。


「今では個人個人が、好きな芸術を評価できる。堅苦しい芸術よりも、かわいいイラストのほうが、分かりやすくて人気がでる」


 芸術に関する話はひと段落したようだ。

 ステラはゆっくりと紅茶のカップをかたむけた。


「それとダンジョンになんの関係があるのかしら?」

「私たちの文化は、夢は、鋭くとがっていってるのさ」


 ステラはカップを置いた。


「エコーチェンバー現象に聞き覚えは?」

「反響ってこと?」

「そうさ。SNSの普及によって私たちは同じ思想を持っている人たちとつながりやすくなった。同じ思想を持った人々はお互いに共感して、賛成して。つまりは反響して、さらにその思想を強くしていく」


 小さな部屋で音が反響するように、同じ意見が帰ってくる。

 お互いの思想が共鳴して、それは強く、強固に鳴り響く。


「そしてこれは『性癖』にも同じことが言えると思う」

「せ、性癖?」

「昔は珍しくて隠して当たり前だった性癖。だが現代ではSNSによって同じ性癖の人間とつながれる。同じような性癖の人間が語り合い、さらにその性癖への執着が強くなっていく。やがて同じコミュニティ内に、一つの夢が生まれだす」


 ステラは興奮して、ガバリと立ち上がった。


「そこから芽吹くのがクソトラップダンジョンさ! 可愛い女の子や、かっこいい男の子への妄想。それを実現してくれる理想郷アルカディア!」


 ダン!

 ステラはテーブルに手をついて叫ぶ。


「つまりエロトラップダンジョンだって実現できる! 私が幼いころに一度だけ会った。黒髪で中性的でどこか影のある少年、今は青年だろうけど!」


 黒髪で中性的でどこか影のある青年。

 いったいどこのだれなんだ……。


 ステラはぐへへと笑った。

 口の端から少しだけよだれが垂れる。

 青年がエロトラップダンジョンに入っている姿を妄想したのだ。


「彼をエロトラップダンジョンにぶち込んで、ぐちゃぐちゃにする夢だって叶うんだよ!!」


 この後、ステラと紗耶は喫茶店から追い出されました。

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