第18話

「おはようございます。SAYAさん。今日はダンジョン探索を手伝ってくれるみたいでありがとう」

「あら、私は手伝いに来たのよ。ついでに、まとわりついているを追い払ってあげようと思って」

「変な虫ってのことかな。ハルちゃんに寄生して名前売ろうとしてる」

「あの動画の再生数は戦った結果よ。寄生ではなくて、

「そんなこと言っても――」


 カレンとSAYAの二人は表向きは穏やかに、丁寧な口調で喋っている。

 だが、その内容は完全にお互いをけん制しあっている。

 修羅場だ。


「良かった。二人とも仲良くなれてるみたいで」

「は!? あなた脳みそぶっ壊れてるんじゃないの!?」


 その様子を、ハルジオンところねが眺めていた。

 ハルジオンは、なんか話が盛り上がってるみたいだしヨシ!

 なんて思ったが、ころねから突っ込まれる。思わず丁寧口調を忘れるほどだ。


「人目があるから直接的な暴言は避けているだけで、会話の中身はお互いを罵倒してるじゃないの!」

「なんで罵倒する必要があるの?」


 そうハルジオンが聞くと、ころねは首をかたむけた。


「そういえば、なんでかしら。カレンさんはハルジオンさんのガチ恋勢っぽいから分かるとしても、どうしてSAYAさんまで……『詩音アイツ』が居なければまともな人だろうと思ったから来たのに」


 ころねはハルジオンの顔を見ると、ハッとした。


「そ、そうか。この子の顔とか仕草とか、全体的な雰囲気が『アイツ』に似てるから他の女とイチャイチャしてるのが気に食わなくて――SAYAさんてどんだけ『アイツ』のこと好きなのよ」


 ころねは何かに納得する。

 そして、くるりとダンジョンとは別方向を向いた。


「ご、ごめんなさーい。私はやっぱり帰りますね!」

「え、ちょっと!?」


 帰ろうとするころねの手を、ハルジオンはつかむ。


「ちょっと、離して! 私を修羅場に巻き込まないで!!」

「待ってよ! ボクはあの二人に仲良くなってもらいたいんだ」

「な、仲良く?」


 ハルジオンの作戦はこうだった。


「カレンちゃんは、ボクとSAYAさんが仲良くなるのが気に入らないみたいなんだ。友達がとられるのが寂しいんだと思う」


 ハルジオンだって――『詩音』だって『飯野』が他の友だちと仲良くしていると寂しくなる。もっと自分をかまって欲しいと思う。

 それと同じ感覚なのだろうとハルジオンは思っていた。


 だから、カレンはSAYAに対抗意識を燃やす。

 相手よりも自分を好きになってもらうために。

 だが、ハルジオンはもう一つの回答を導き出した。


「なら、三人で仲良くすれば良いよね? みんなが友だちになれば誰も寂しくないから」


 ハルジオンのその言葉を聞くと、ころねは眼を見開いた。

 そしてにっこりと笑った。教会のシスターのように。


「そうなのね。じゃあ、三人で頑張って」

「待ってよ! ボク一人じゃ二人を仲良くするのはムリだよ。ころねさんも手伝ってください。お願いします!」

「初対面の私にそんなことすがらないで!!」


 帰ろうとするころねと、それに立ちふさがるハルジオン。


 ところで、詩音とハルジオンでは身長に差がある。

 ハルジオンの方が低い。

 ちょうど、ころねの目元あたりにハルジオンの頭が来るくらいだ。


 ハルジオンがころねの胸元にすがりつく。

 その状態だところねの顔を見上げることになる。

 ハルジオンの顔は、ころねが気に入ってる『詩音アイツ』と似た顔。

 上目遣いのうるんだ瞳と、ころねは目が合う。


「ころねさんが居ないとダメなんだ……」


 その光景は、承認欲求と保護欲が強めのころねのハートにぶっ刺さった。


「ぐはぁぁ!!?」

「ころねさん!?」


 ころねは心臓を抑えながらうずくまる。

 まさか、心臓の病気は嘘じゃなかったのかと、ハルジオンは心配になる。

 だが、ころねは何かブツブツと言っている。心臓が苦しくて呟いている感じではない。


「ぐぅ、SAYAさんが元カノだと知ってから『アイツ』が気になってダメージがデカくなってる。似た顔のハルジオンさんでこのダメージ……ダメよ私、本気になっちゃダメ。あいつは安上がりなホストみたいなものなの。アイツと結婚なんてしたら全部私がやらされるのよ。仕事、家事、育児……アイツの子供だったら可愛いだろうな――ハッ!? ダメよ私、『音歌おとか』ちゃんの事は忘れるの!!」


 早口でそうまくしたてる。

 何を言ってるのか、ハルジオンには分からなかった。


「あの、大丈夫?」


 ハルジオンが心配した瞳を向ける。

 ころねはがっくりとうなだれた。


「勝てない……分かった。手伝うわ」

「え、本当!?」


 パッとハルジオンの顔が明るくなる。

 すると、ころねがそっとハルジオンを抱きしめてきた。

 その優しい抱擁ほうようで、ハルジオンは母を思い出して懐かしくなった。


「こんなところで、ガチ恋オタクどもの気持ちが分かってしまうなんて……今後はもう少しファンサしてやろう」

「あの、ころねさん?」


 ころねは立ち上がると、ダンジョンの方を向いた。

 ダンジョン、の手前の方からは、『肌が焼き付くような殺気』と『凍えるような威圧感』がまき散らされている。


「……よし、行くわよ」

「あ、うん」


 二人は人だかりをかき分けて、カレンとSAYAに近づく。

 人だかりを抜けると、二人はハルジオンに気づいて顔を明るくしたが、すぐに眉間にしわを寄せた。

 ハルジオンの隣にいるころねを見て。


「……は?」

「なんで、キミが居るの?」


 実はハルジオンは二人にこうメールを送っていた。


『明日は他の人も誘っていいですか?』


 それに対しての返信が、


『良いよ。私が直接、あの女を倒してあげる』

『大丈夫よ。厄介な虫は私が追い払ってあげるから』


 それぞれ、カレンとSAYAからの返信だ。

 お互いが来ることは予想できていた二人だが、が居ることは予想外だった。


 ちなみにころねは『どなたを誘うんですか?』とちゃんと聞いていたため、誰が来るのか知っていた。


 カレンとSAYAの二人が、再び臨戦態勢に入ろうとしたところで、


「ちょっと、待ってください!」


 ころねがストップをかける。


「お二人の気持ちはなんとなく分かってるつもりです。まずは、ハルジオンさんの気持ちを聞きましょう」


 ハルジオンはころねに導かれるように、二人の前に立つ。


「えっと、ボクは二人に仲良くしてほしいかな。友だちを取られると寂しくなる気持ちは分かるから、ボクは皆で仲良くしたいんだ」


『いや、そうじゃないんだけど』


 二人はそう言いたげに、微妙な表情をする。

 それを説得しようと、ころねが前に出た。


「それに私たちはこれから、配信を始めるんですよ? 露骨に仲悪くしたり、告知してた出演者がいなかったりしたら、視聴者がおかしな妄想を始めます。それは、ハルジオンさんの迷惑になるかもしれませんよ?」


 二人はお互いをにらむ。

 こいつとは仲良くなれないと目が語っていた。


「とりあえず、配信の間だけでも仲良さそうに振舞ってみませんか? ハルジオンさんのために!」


 ハルジオンのため。

 そう言われると、二人はため息をついた。


「……配信が終わるまでは休戦しましょう」

「分かりました。終わってからですね」


 、二人は納得したようだ。

 その様子を見て、ハルジオンはホッと息をはく。

 二人には我慢をさせてしまうが、なんとか仲良くなってもらえるように頑張ろう。



「よし、じゃあ配信を始めようか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る