第17話

 次の日の朝。

 ハルジオンは待ち合わせ場所に向かった。


 そこは喫茶店だ。

 そのテラス席に待ち合わせ相手が居た。

 相手はのんびりと何かを飲んでいたが、ハルジオンに気づくと立ち上がる。


「あ、ハルジオンさん、今日はよろしくお願いしますね」


 それは、ハルジオンにとっては見慣れた顔。


「改めまして、ころねです」


 それは飯野友歌だった。


「お願いします。ハルジオンです」


 二人は軽く挨拶を済ませると、席に座った。

 店員がハルジオンに注文を聞きに来るが、ハルジオンには金がない。

 喫茶店で高い茶をしばいている余裕なんてない。


「あ、すいません。ボクは大丈夫です」


 そうハルジオンは言った。

 だがキュルキュルとお腹がなく。


 どうしてタイミング悪くなるんだ!

 ハルジオンは顔を赤くしてうつむく。

 明らかに金がなくて頼めない人。いや、まだダイエット中と言い訳できる。


「……好きなの、頼んでいいですよ」


 バッと顔を上げる。

 ころねがメニュー表を差し出していた。


「今日はコラボをしてもらうわけですし、これくらいなら奢ります」

「あ、ありがとうございます!」


 女神だ。


 ハルジオンはメニュー表とにらめっこをすると、少し安めのケーキを頼んだ。

 昔、ころねにおごってもらったときに高いのを頼もうとしたら怒られたことがある。

 その経験が活きていた。


 ハルジオンはワクワクしながらメニュー表をたたむ。

 そしてお礼を言おうと、ころねの顔を見る。

 ころねはジッとハルジオンの顔を見つめていた。


 なんだろうか。

 ハルジオンがそう開くよりも先に、ころねの口を動いた。


「ハルジオンさんって、意外とかっこいい系の顔してますよね」

「そう、ですか?」


 ハルジオンの顔は、もとより中性的だった詩音の顔を女の子に寄せたような顔だ。

 かわいい系か、かっこいい系かと言われると、かっこいい方に分類されるだろう。


「私の友だちに顔が似てるんですよね。こいつなんですけど」


 ころねはスマホを点けると、そのロック画面を見せてくる。


(うわーー!! なんで、その写真使ってるの!?)


 それは、詩音と飯野が遊園地に遊びに行ったときのものだ。

 毎度のことながら、支払いは飯野もち。


 飯野は猫耳をつけてニヤニヤと意地悪そうに笑い。詩音は犬耳をつけられて、困ったように、しかし嬉しそうに笑っている。

 詩音は飯野にプレゼントされたチョーカーをつけており、それが犬の首輪みたいにみえる。


 このあと、耳をつけたまま遊園地を歩き回った。

 男性客で耳をつけている人は少なく、ハルジオンにとっては半ば黒歴史のようになっていた。

 女装して配信してるよりはマシでは?


「じつは、ハルジオンさんにメールを送ってみたのも、なんとなくコイツに似てる気がしたからなんです。意外と仲良くなれるかもって」


 ハルジオンは動揺を悟られないように言った。


「へー、仲が良いんですね」

「うーん?」


 ころねの反応が微妙だ。

 ハルジオンは、ころねとは友人だと思っている。

 予定が合うときはご飯を一緒に食べてくれるし、奢ってくれたりお菓子をくれたりする。

 だが、微妙な反応をされると不安になる。


「どんな人なんですか?」


 飯野が詩音をどう思ってるのか、気になった。


「……出来の悪い弟か、頭の悪い犬みたいなやつですね」


 そ、そんな風に思われていたのか。

 ハルジオンは衝撃を受ける。


「私以外に友達が居なくて、私が放っておくと捨てられた犬みたいなんですよ」


 だって、ころね以外に友だちが居ないんだもの。


「ちょっとかまってあげると、わーうれしー! って感じで懐いてくるんです。お菓子とかあげると顔には出さないようにしてるんですけど、見えない尻尾をぶんぶん振り回してる感じがするんですよね」


 ばれてたのかー-!!

 ハルジオンはバレてないと思っていた。お菓子を貰うときも『まぁ、貰えるものなら貰っときますよ』ぐらいの表情で抑えられてると思っていた。

 ハルジオンは顔を真っ赤にしてうつむく。


 幸いなことに、ころねは昔を思い出すように遠い目をしているため、ハルジオンの異常には気づかれていない。


「ファミレスに連れて行ってあげるって言うと、『ハンバーグ頼んでいい!?』とか『ドリンクバー頼んでいい!?』とか言って大はしゃぎで、子供みたいなんです」


 もはやハルジオンの精神は死にかけていた。

 もう人間をやめてミジンコになりたい。

 そんなことを本気で考えていた。

 だから、ころねが呟いた言葉が聞こえなかった。


「そういう所を見てると、かわいいなー、私は必要とされてるんだなー、私がなーって思うんですよね」


 そこまで喋ると、ころねはハルジオンを見た。


「えっと、どうしたんですか?」


 テーブルに伏せたハルジオンは、陸に捨てられたわかめのようになっていた。 


「もう人間をやめたい」

「え、いや、別にハルジオンさんのことを言ってるわけじゃないですよ。あくまでも私の友だちの話で」


 その友だちがソイツなんです。


「ごめんなさい、あんなクズと似てるなんて言って、不愉快でしたよね」

「イエ、トテモ、サンコウニナリマシタ」


 これからは奢ってもらえるときはバレないようにしようとハルジオンは決意した。

 そもそもたかるな。


 その後、食事を終えたハルジオンたちは次の目的地に向かった。

 そもそもの目的地はそっち。


 と合流する前に、ハルジオンと交流を深めてみたい。

 そのころねの提案によって、二人は時間より早く会っていた。


 ダンジョンの入り口が収容されている建物が見えてくる。

 電車の車庫に似た建物だ。

 その前で待ち合わせをしていたのだが、少しだけ人だかりができていた。


 ハルジオンは不思議に思いながらも、そこに近づいてく。

 そして人だかりの中心に目を向けた。


 そこではカレンとSAYAがにらみ合っていた。

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