閑話 とある兄の妄想

「帰りたくない……」


 人が行き交う街の中で、小峰刀夜こみねとうやは呟いた。

 鋭い目つき、見た目的には俺様系な感じの青年だ。


 しかしその背中は覇気がなく。だらりと折れ曲がっている


 刀夜はふらふらとネットカフェへと足を向けた。

 帰りが遅くなると、祖父に怒鳴られるかもしれないが、今は少しでも逃げたかった。


 高校生ぐらいまでは祖父に憧れていた。

 武神と称される英雄。

 数々の功績を残し、家には感謝状やらお礼の記念品などが大量に並べられていた。


 そんな祖父の英雄譚を子守唄のように聞かされて育った。

 憧れないわけがなかった。

 大きくなったら祖父に稽古けいこをつけてもらい、祖父のような英雄になるのだと信じていた。


 祖父は刀夜に関心を示さなかった。

 祖父が興味を示したのは、弟だった。


 ほんの少し弟の素振りを見ただけで、祖父は弟に剣の才能があると見抜いた。

 そして刀夜のことは捨て置き、弟に稽古をつけていた。


 弟の一日は祖父が完全に管理し、交友関係を遮断。趣味のたぐいは禁止。その生活に一切の自由はなかった。


 しかし、目がくもっていた刀夜には、それだけ祖父が弟に目をかけて、大切にしているように見えた。


 羨ましかった。

 はじめは羨ましかっただけだが、それはだんだんと強い嫉妬に変わっていった。


 しかし、なんだかんだで弟は祖父に見捨てられた。

 喜んだ。

 次に祖父が関心を示すのは刀夜だと。


 しかし、そうはならなかった。

 祖父が弟を気に入っていたのは、弟の才能があったからだ。

 刀夜には祖父が興味を持つほどの才能がなかった。


 最初は落胆した。

 だがすぐに、むしろ幸運なことだったと気付く。


 祖父が興味を持たなくとも、弟が駄目だったならば、いずれ家を継ぐのは刀夜だ。

 祖父は刀夜が家督を継ぐに足る男にするために、稽古を始めた。


 地獄だった。


 行動を制限され、交友関係に口を出されて、趣味を否定される。

 メンヘラ彼女かよ、クソジジイが!

 そう心の中で毒づいた回数は百回を超えるだろう。


 心のなかでは、祖父『楼雅ろうが』のことを老害ろうがいと呼んでいる。

 この言葉が、あのジジイ以上に似合うやつはいないだろう。と刀夜は思っている。


 今思えば、弟に悪いことをしたと思っている。

 嫉妬から嫌がらせや、いじめの指示をしてしまった。

 やってしまった事に後悔して、弟に声をかけようとしても、なんと言ったらいいのか分からなかった。


「あいつ、元気にやってるかな……」


 刀夜はネカフェの個室席に腰を落としながら呟いた。


 パソコンのブラウザを起動する。

 家にいたのでは、祖父に怒られるためろくに動画サイトも見れない。


 動画のランキングを見る。

 なんとなく、一位の動画を再生してみた。


「すごいな」


 その動画は、二人の女子がドラゴンと戦うものだった。

 ただのドラゴンではなく、ユニークモンスターだ。

 本来であれば、学生が戦える相手ではない。


「これ、弟の彼女の……」


 一人には見覚えがあった。

 弟の彼女で、魔王スキルを発現していたはずだ。


「どおりで戦えるわけだ」


 動画を眺めていると、戦闘の雲行きが怪しくなる。

 ドラゴンの動きが激しくなった。


 一瞬で弟の彼女が吹き飛ばされる。

 そして、もうひとりの女の子に尻尾の一撃が当たろうとする。


 ショッキングなシーンを想像した、

 しかし、そうはならなかった。


「今の、うちの技じゃないか?」


 ドラゴンの攻撃をそらした動き。

 それは小峰家の技に似ていた。

 同じようにドラゴンの一撃を逸らせと、刀夜にやれと言われても無理だが。


「でも、家に出入りしてたやつで、こんな子はいなかったはず……まさか」


 小峰家の技を習うには、実際に家に来るしかない。

 そうしなければ、ジジイに殺される。


 だが唯一、小峰家の技を教えられるほどの技量を持ち、なおかつ祖父に反抗的な人がいる。


「母さんの弟子か?」


 今、刀夜の母がどこにいるかは分からない。

 聞いた話では、ジジイに嫌がらせを受けて海外に行ったとか。


「いや、待てよ。この子、あいつに似てないか?」


 画面の中の女の子は、弟に似ている。

 これはつまり、


「俺の……妹!?」


 弟は祖父に酷い扱いを受けていた。

 それを見た母が、お腹の中にいた子供を隠そうとするのは当たり前のことな気がする。


 刀夜は妹と思われる少女を妄想する。

 妹?は刀夜の腕に抱きつきながら言うのだ。


『お兄ちゃん♪』


 雷に撃たれた気がした。

 それほどの衝撃だった。


 そうだ、メイド服とか着せてみよう。


 メイド服を着た妹?は少し呆れながらも、恥ずかしそうに笑う。


『もう、お兄ちゃんったら、こんなのが好きなの?』

※彼はハルジオンの性格を知りません。


 ニヤニヤが止まらなかった。

 ぶっ壊れた脳みそに弟の顔が浮かんだ。

 弟は中性的な、女装したら完全に女の子な顔をしている、


 そうだ。弟にも着せてみよう。


 弟は困ったような顔をして、もじもじとしながらメイド服を着ている。


『ボクなんかに似合うかな、お兄ちゃん』


 最高だった。


『私のほうが似合うよね!』

『ボクも、可愛いって言って欲しいな』

「これがパラダイスか……」


 頭ぱっぱらパラダイス。


「俺は神の啓示を得た」


 邪神の間違いでは?


「この光景を実現するには、あのジジイが邪魔だ」


 刀夜はガッと立ち上がる。

 家に帰って稽古をすると決めた。


「あのクソジジイを三途の向こう側にぶん投げてやる」

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