第16話

 日曜日の朝はヒーローの時間だ。

 全国のチビっ子たちはテレビにかじりついて、ヒーローたちの活躍を心に刻む。


 小さい頃の詩音も、その一人だった。


 しかし、詩音はテレビを見ることを制限されていた。

 見ていいのはニュースと将棋だけ。

 それ以外のものは心が腐ると祖父に言われて、見ることを禁じられた。


 しかし、日曜日の朝。

 詩音に鍛錬をつけ、風呂で汗を流し、朝ごはんを食べたあと。

 祖父は書斎にこもって本を読む習慣があった。


 その時間は祖父の目がないため、こっそりとテレビを見ることができる。

 時間的に、カラフルな戦隊や、バイクに乗った人たちは見れない。


 魔法少女たちが戦うアニメだけが見れた。

 それは、どちらかといえば女の子向けのものだ。

 しかし、詩音はそれで良かった。


 知り合いの女の子に教えてもらったそのアニメは、何気ない日常の中で友情を育み、その力で悪を倒すストーリーだった。


 友達がいない。

 作らせて貰えない詩音にとって、それはとても眩しくて羨ましいものだった。


 今日も魔法少女たちが戦っていた。


『マジカルビィィーーム!!』


 桜色の髪の少女と、その仲間たちが杖を構えて魔法を放つ。


(ボクにもともだちがいたら……)


 こんな風に、勇気を持って戦えるのだろうか。

 しかし、少女たちの活躍は最後まで続かなかった。


 魔法が悪党を打ち倒す寸前で、映像が断ち切られた。

 物理的に。


 音もなくテレビが真っ二つに割れた。

 バランスを崩したテレビは、ガシャンと台から落ちた。


 詩音は驚きで頭も追いつかず、その光景を眺める。

 詩音の服の襟が掴まれた。

 その瞬間、詩音は内蔵を引っ張られるような遠心力を感じた。

 投げ飛ばされた。


「うぐっ!」


 それを理解するのと同時に、背中に強い衝撃が走った。

 肺の中身が強制的に押し出されて、小さなうめき声をあげる。


 ガシャン!!

 うめき声をかき消すように、ガラスの割れる音が響いた。


 ザリザリとした玉砂利の引かれた庭に投げ出される。

 詩音は数回ほど地面を転がって、ようやく止まった。


 とっさのことながら、受け身が取れた。

 しかし、その小さな体には大きすぎる衝撃だ。


 うつ伏せの状態から、なんとか立ち上がろうと、体を起こす。

 しかし背中を殴られた。感触的に木刀だろう。


 詩音は潰れた虫のように地面に叩きつけられる。

 もはや、立つ気力もわかなかった。


「貴様、なんて物を見ているんだ!!」


 潰れた詩音を踏みにじるように、怒鳴り声が響いた。


「貴様にはくだらない娯楽に費やす、時間も精神も無いと言っただろう!!」


 詩音の髪が掴まれる。

 痛みに引っ張られるように持ち上げられて、無理やり正座をさせられた。


「貴様はなんのために生きている。なんのために存在している」


 それは詩音が祖父から言い聞かせられていたことだ。

 なんども、なんども。

 洗脳でもするように。


「この国と、小峰家の誇りを守るためです」

「ならば、そんな貴様には、あんなものにうつつを抜かしている時間があるのか」

「ありません」


 子供にだって分かることがある。

 詩音の祖父は国だとか、小峰家だとか。

 そんなものはどうでもいいのだ。 


 本当に大事なのは祖父自身で、国を助けるのも、小峰家の箔を重視するのも、自分の価値を引き上げるためだ。


 そして詩音のことは、孫とも人とも思っていない。

 作品だ。


 祖父が、小峰楼雅こみねろうがが作り上げようとしている至高の作品。

 あらゆる『無駄』を削り、あらゆる苦難で叩き、鍛え上げようとしている一振りの刀。


 それは祖父自身の宝物ほうもつであり作品だ。

 そして祖父の所有物に自由はいらない。

 作品に心はいらない。


 愛、夢、友情、そんな物は刀に必要ない。

 祖父は削り出そうとしているのだ。

 詩音のを。


「もう二度とあんな軟弱な物に触れるな。次に触れれば、母親との面会は無くす」


 詩音の体が震えた。


 詩音の母は、詩音の扱いを巡って祖父と対立した。

 結果として母は小峰家を追い出された。


 現在は月に一度だけ、詩音との面会を許されていた。

 その時だけ、詩音は普通の子供として甘えられた。

 だが、その面会だって祖父の機嫌一つで消え去る。


「す、すいませんでした。これからは言いつけを守ります」

「分かったなら木刀を持って修練場に来い。貴様の腐りかけた精神を鍛え直してやる」


 詩音はうなずくと、よろよろと立ち上がる。


 刀なんて、嫌いだった。





『失礼だけど、あなたのおじいさん。イカレてるんじゃないの?』


 スマホ越しに飯野はそう言った。

 家に帰った詩音は、飯野に電話をして過去のことを話した。


「いや、ボクもそう思う」


 中学生を卒業するころに、祖父からの支配は終わった。


 魔法系のスキルしか発現しなかった。

 そのスキルだって、まともに戦えるものではなかった。


 祖父は詩音に見切りをつけた。

 失敗作の烙印らくいんを押した。


 それから紗耶と付き合い始めて、当たり前の常識を知って、詩音は祖父がろくでもない人間だと理解した。


『それで、その話を聞いて、私に何をして欲しいの?』


 どことなく、突き放したような言い方だった。


『あなたの元カノさんか、仲の良いらしい後輩にでも話したらいいんじゃない。慰めてくれるわよ』


 どうしてそこで、紗耶や華恋の話が出てくるのだろうか。


「なんか飯野、機嫌悪い?」

『別に、何も悪くないけど?』


 悪くないと言うのなら、そうなのだろう。

 スマホを通してるせいなのだろうか。


『それで、なんで私に話したの?』

「……この間、ボクは人の気持ちが分かっていない。みたいな話をしたよね」


 紗耶と別れた話をした後だ。

 紗耶が怒っているのは詩音が悪い。人の気持ちが分かっていない。

 そう飯野に叱られた。


「祖父も人の気持ちが分からない人、いやたぶん人の気持ちを理解しても無視するような人だった」


 常に自分を、自分だけを貫いていた人だ。

 他人の気持ちなんてものに、なんの価値も感じていないのだろう。

 それが当たり前のように、詩音の気持ちだって無視していた。


「ボクはそんな祖父の事が嫌いだ」


 いつだって、自分を押し付けてくる嫌な人だと思っていた。


「だけど、ボクも同じだった」


 紗耶の気持ちを理解できずに、怒らせてしまった。

 そして、ふと気づいてしまった。

 

「怖くなったんだ。紗耶と同じように、飯野も怒らせてしまうんじゃないかって」


 詩音には、飯野以外の友人はいない。

 また、一人ぼっちになってしまう。


「飯野にだけは嫌われたくない。と思って」


 どんがらがっしゃん!!

 スマホから大きな音が鳴った。

 詩音は思わずスマホを耳から離す。


「い、飯野?」

『ちょ、ちょっとつまづいただけよ』


 スマホから大げさな呼吸音が聞こえる。

 深呼吸でもしているのだろうか。


『ふーん、あなた、私にだけは嫌われたくないんだ。へー』

「え? うん、そう言ったけど」


 なんとなく飯野の機嫌が良くなっている気がした。

 なぜだろう。

 反省している姿を見せたのが良かったのだろうか。

 詩音は首をかしげる。


「ともかく、悪いところがあったら言って欲しいんだ。飯野のために頑張るからさ」

『ぐはぁ!!?』


 飯野のうめき声とともに、ごとりとスマートフォンが落ちる音がした。


「飯野!? どこか悪いのか!?」

『そうね、心臓に悪いわ』

「え、飯野って心臓に病気があるの……?」


 詩音は知らなかった。

 飯野に心臓の病気があるなんて。

 心臓の病は命にかかわる。ようなイメージが詩音にはあった。

 はたして飯野の命は大丈夫なのだろうか。心配する。


『嘘に決まってるでしょ』

「……なんでそんな意味不明な嘘つくのさ」


 詩音はホッとすると共にあきれた。

 趣味の悪い嘘だ。


『……たぶん、あなたが人の気持ちを理解するのは難しいんじゃない』

「いや、見捨てないでよ……ボクには飯野しかいないんだから」

『そういう所がたち悪いのよ!』


 ブツリと電話が切れた。

 どこで飯野を怒らせたのか、詩音には理解できなかった。


 その後、飯野からチャットアプリにメッセージが届いた。


『さっきのは怒ったわけじゃないから、気にしないで』


 そうなのか、怒ったわけじゃないならいいのだろうか。

 とりあえず放置して、また学校で話せばいいだろうと詩音は切り替えた。


 ふと思い出して、ハルジオンのメールアドレスを確認する。

 そろそろ収益化の申請が通るころじゃないだろうか。


 いまだ収益化のメールは届いていなかったが、かわりに気になるメールが三通届いていた。


『ハルちゃん、今日は話してくれてありがとう。絶対に一緒にユニークを倒して、『あの女』との動画の再生数を超えようね。ところで、私とハルちゃんって一緒にダンジョンに入ったことないでしょ? 練習もかねて明日ダンジョンに潜らないかな?』


『ハルジオンさん、こんばんは。よければ明日、一緒にダンジョンに潜らない?』


 それぞれ、カレンとSAYAから届いたものだ。

 そして最後の一通は――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る