第15話

暗めの雰囲気になってしまった……

そのうち修正するかもしれないです


☆ 


 ハルジオンは公園を歩いていた。

 大きな公園であり、朝の時間帯には散歩をしている人も多い。

 寂しげに光る夕日が、緑色の木々を照らしている。


 この公園にある銅像の前でカレンと待ち合わせしていた。

 銅像が見えてくる。

 その前にカレンが立っていた。


 カレンはそわそわとしながら、周りを見回している。

 そしてハルジオンを見つけると、パッと笑顔を咲かせて駆け出した。


「ハルちゃん! 会いたかったよ!」


 動画を撮影したのが数日前。

 なのにカレンは数年ぶりに親友に会ったかのように興奮している。

 そしてギュッと抱きついてきた。

 しかし、


「……嫌な臭いがする」


 家でシャワーを浴びてから来たはずなのだが、臭かったろうか?


 ハルジオンは自分の匂いを確認する。

 石鹸の匂いに混じって、わずかに柑橘系の香りがする。

 香水の匂いは落ちきっていなかったらしい。


 だが嫌な匂いだとは感じないが、カレンは苦手な香りなのだろうか。


 嫌な臭い。

 カレンはそう言ったはずだが、なぜかハルジオンを抱きしめる力を強めた。

 

 そして、甘えるようにスリスリと頭をこすりつけてくる。

 柔らかい髪が首筋を撫でる。

 気持ちの良いくすぐったさだ。

 それは、昨晩の夢で見た感覚に似ている。


「あの、カレンちゃん?」 


 ハルジオンが声をかけると、カレンは動きを止めて、ハルジオンの胸に顔をうずめた。


「ねぇ、ハルちゃんはあの動画見た?」


 ゾクリと、ハルジオンの背筋が震えた。

 カレンの声は静かで穏やかだったはずなのに、刃物のような鋭さがあった。


 あの動画。

 飯野と話したときにも聞いた単語だ。


「……ドラゴンを倒してる動画のことかな」


 カレンが胸から顔を上げる。

 暗闇から獲物を覗く猛獣の瞳のように、華恋の目が見開かれていた。


「あの動画、すっごく話題になってるんだ。私達の動画よりも再生数が上がってる。SNSでは、ハルちゃんと『あの女』の名前が並んでトレンドに入ってる」


 カレンはハルジオンを抱きしめる力を強めた。

 誰にも渡したくないと主張するように。


「おかしいよね。私とハルちゃんの方がお似合いなのに、私とハルちゃんの方が仲いいのに、私のほうが、ずっとずっとずっとずっと、ハルちゃんのこと好きなのに」


 その言葉はハルジオンに言っているというよりも、カレン自身に言い聞かせているように聞こえた。


「なのにね。何も分かってない奴らが言うんだよ。ハルちゃんと『あの女』がお似合いだって。そんなわけないのにね」


 カレンの瞳が揺れる。

 心の不安を表すように震える。


「ねぇハルちゃん。見せつけてやろうよ。なにもわかってない奴らに、私達のほうがお似合いだって」


 その言葉はミツのように甘くドロドロと空気に流れた。


「見せつけるって、なにをするの?」

「ドラゴンを倒そうよ」

「それは、違うんじゃないかな」


 ハルジオンも動画を見た。

 そのコメント欄ものぞいた。

 その反応を見た感じでは、


「あの動画が人気なのは、女子二人が強敵に挑んでいるからだと思う。ただ、ドラゴンを倒すだけだと……」


 ドラゴンと言っても種によって大きな差がある。

 正直言って弱いドラゴン程度なら、ハルジオンとカレンなら簡単に倒せてしまう。


「じゃあ、ユニークモンスターを倒そう」

「うーん……」


 ユニークはそう簡単に出会えるものでもない。


 目撃されると情報が出回る。

 なにも知らない探索者が、出現したダンジョンに近寄らないようにするためだ。

 それと同時に、腕に自信のある探索者はユニークを倒そうと動き出す。

 ハルジオンたちが情報を入手して向かっても、すでに倒されている可能性が高い。


 そう言って、カレンを説得しようとしたのだが。


 カレンが泣きそうな顔をしていた。

 迷子になった子供が、母親を探しているような顔だ。


 ハルジオンが良い反応を示さないため、不安に思っているのだろう。

 どうにかしたい。

 ハルジオンを奪われたくない。

 でも、どうしたら良いのか分からない。


 そんな表情を見ると、ハルジオンは否定できなかった。


「……分かったよ。機会があれば、ユニークを倒す動画か、もしくは配信をしよう」

「ほんとう?」

「うん。約束しよう」


 それでも不安そうにしていたカレン。

 それを落ち着かせようと、ハルジオンはカレンの髪をなでた。

 カレンは一瞬驚くが、安心したように顔が緩んだ。


「えへへ。私ね、ハルちゃんと一緒なら、なんにでも勝てる気がするんだ。だってハルちゃんは私のヒーローだもん。かっこよくて、かわいくて、私を守ってくれる。ハルちゃんと一緒に居ると安心するの」


 ハルジオンの手に、甘えるように頬をこすりつけてくる。


「でもね。一回この安心を知っちゃうと、ハルちゃんと一緒に居ないと不安になってくるんだ。ハルちゃんが居なくなるんじゃないかって、もう会えないんじゃないかって」


 カレンはおびえるように震えた。


「ねぇハルちゃん。どこにも行かないでね。ずっとずっと私と一緒にいてね」

「うん、そうなるように頑張るよ」


 ずっと一緒に居ることはできないだろう。

 それでもハルジオンとして活動しているあいだは、カレンと友達でいれるはずだ。

 その時間を少しでも長く続けられるようにしようと思った。


「えへへ。良かった」


 カレンはにこりと笑うと、ハルジオンから離れた。

 安心するようなぬくもりが離れて、少しだけ寂しく感じた。


「ハルちゃん。今日は会ってくれてありがとう。ユニークとかは関係なく、近いうちにまたコラボしようね」

「うん。そうしよう」

「それじゃあ、私行くね」


 カレンは名残惜しそうにしながらも、走り出した。

 この後も用事が入っていたのだろう。

 なんとか作った時間でハルジオンに会いに来たのかもしれない。


 ハルジオンは公園を見渡す。


 カレンが待ち合わせ場所にこの公園を選んだのは、あの銅像の前を選んだのは偶然なのだろうか。

 ハルジオンは公園を歩く。


 この公園の中央には銅像がある。


 昔、まだハルジオンが生まれる前の話だ。

 この近くのダンジョンからモンスターが外に出てきた。

 一匹や二匹ではない。大群だ。

 こうした現象はスタンピードと呼ばれ、一説には『ダンジョンが自らを守るために外敵を排除するために起こしている』と言われている。

 多くの死傷者が出た災害だ。

 そのモンスターの大群を相手に奮闘して、災害をおさめた英雄がいる。


 その英雄の銅像が作られていた。


 ハルジオンが歩いていくと、銅像がよく見えてくる。

 老人の像だ。

 背筋をスッと伸ばして、腰には刀を下げている。

 その顔つきは老いたオオカミのように凜としており、若いころにはさぞモテただろうことが予想できる。


 この銅像はハルジオンが小さいころに作られたものだ。

 そして、完成した時にこの公園にやってきたことがある。

 銅像の人物に連れられて。


 その人は自分がどれだけ凄いことをしたのか、どれだけ偉大な人物なのかを延々と語っていた。

 そんな話に興味はなかったが、後で内容を確認されたときに答えられなければ、木刀で殴られるのが分かっていたため真剣に聞いていたのを覚えている。


 ハルジオンは銅像を見る。

 今でも、その姿を見ると怖い。

 まるで肺に重りをつけられたように、呼吸が不安定になる。


 その銅像の台に名前が書かれていた。

 『小峰楼雅こみねろうが』。

 それは詩音の祖父だった。

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