第12話

 その後、ハルジオンとSAYAは完全個室制の居酒屋に来ていた。

 ドラゴンに勝利した打ち上げだ。


「本当にココで良いの?」

「あ、はい。大丈夫です。あんまり高いところだと緊張するので」


 最初にSAYAから提案されたのはホテルの最上階にあるレストラン。

 値段的にも、高度的にも高い。


 もっとも、支払いは『助けてもらったお礼』と言うことで、SAYAが出してくれる。

 そのためハルジオンに金銭的な不安はない。

 しかし、『詩音』でなく『ハルジオン』として会って数時間。いきなり高いご飯を奢ってもらうのはどうなのだろうと考えた。


 ちなみに高校時代。デートの支払いはすべてSAYA持ちだった。

 売れないバンドマンのヒモみたいなやつである。顔だけは良いのが余計にたちが悪い。


「あんまり緊張しないでちょうだい。ただのお礼だから。ほら、頼みましょう?」

「は、はい。ありがとうございます」


 二人はメニュー表を見て注文する。

 品物を待っている間、ハルジオンはそわそわと落ち着かない。


 SAYAと普通に話して食事するなんて、とてもひさしぶりだ。少し緊張する。

 それに、なんだか騙しているようで気まずかった。

 『紗耶』は『詩音』に怒っている。一年もの間、口もきいてもらえないほどに。

 それを違った姿で出会い、こうして普通に接して貰っているのは不誠実ではないのか。


(本当のことを言うべきなのかな……)


 だが、そうしたら『紗耶』と接することが難しくなる。

 今のように普通に仲良くすることはできないだろう。

 だから、『詩音』はズルい選択をした。


(……今は黙っていよう)


 少しの間だけの関係だ。

 この食事だけで終わるもの。

 その間だけなら良いだろう。


「ところで、さっきのはどうやったのかしら?」

「え?」


 ハルジオンの考えを断ち切るように、SAYAから声がかかった。


「さっきの、尻尾を受け流したやつよ」

「あ、ああ。あれですか」


 ハルジオンは配信中のコメント欄を思い出した。


「ば、バリアを曲がった壁みたいに作って、そこを滑らせたんです」

「そんなことできるの?」

「え? あ、はい。できる……ます」


 そんなこと知らない。

 ハルジオンはただ、杖にだけバリアを張って、攻撃を受け流した。

 祖父の、受け流しづらいように放たれる斬撃に比べれば簡単だった。


 ハルジオンの近接技術はとても高い。

 それこそ、魔法少女にならなくとも近接系の探索者と戦えるほどに。

 だが、勝つことはできない。確実に負けるだろう。


 火力の差が大きすぎる。


 武器系スキルは特定の武器に魔力をまとわせることが出来る。この魔力によって、使用者のスキルが成長するほど威力が上がる。

 ハルジオンの祖父などは刀一本で山を切り裂くことが出来る。


 そして、身体能力が向上するスキルの有無だ。

 素の『詩音』の身体能力は、普通の人より少し高い程度。先ほどのドラゴンの攻撃などは、衝撃波だけでも致命傷になりかねない。


 戦闘においてスキルは、とても大きな壁だ。

 武神とたたえられたハルジオンの祖父だって、スキル抜きでドラゴンには勝てない……はずだ。


「ふぅん? すごいのね」

「正直、ボクもとっさにできて驚いてます」


 とりあえず、SAYAには納得してもらえたようだ。


 二人がそんなことを話していると、料理が運ばれてくる。

 ちなみに、ハルジオンは誕生日を迎えていないためお酒は飲めない。目の前にはジンジャエールが置かれる。

 SAYAの前にはカルーア・ミルクが置かれた。


「ごめんなさいね。私だけ頂いちゃって」

「いえ、気にしないでください」


 SAYAはグラスに口をつけようとして止まった。


「そうだった、写真を撮ってもいいかしら? SNSに上げたいの」

「はい。大丈夫ですよ」

「それじゃあ」


 SAYAは立ち上がると、詩音の方へと歩いてくる。


(え、料理の写真を撮るんじゃないの?)


 そしてハルジオンの隣に座ると、


「うぇ!?」


 ハルジオンの肩を抱きよせながら、自撮り用にスマホを構えた。


「あ、あの、ボクたちの写真を撮るんですか?」

「ええ、複数人でご飯を食べに来たら一緒に撮るものじゃないのかしら? そういう写真をよく見るんだけど」


 SAYAも良く分かっていないようだった。

 大学での様子を見る限り、あまり人と食事をすることもないのだろう。


「だめ、かしら?」


 SAYAは悲しそうな眼を向ける。

 断れなかった。


「だ、大丈夫です」

「そう、良かった」


 すると、またすぐにSAYAはハルジオンを抱き寄せる。


「うーん、うまく入らないわね」


 ぎゅうぎゅうと引き寄せられる。

 完全に体は密着していた。


(は、早く終わって!)


 柑橘系の匂いがする。シャンプーか何かの匂いだろうか。

 ハルジオンの腕が、SAYAの胸に当たりそうになる。必死に身をよじって回避するが、魔法少女は魔王の腕力にはあらがえず、どんどん体が近づいていく。


「うん、こんなものね」


 パシャリと音が鳴った。

 ようやく終わった。ハルジオンはホッと息をはく。


 SAYAは写真を確認すると、すぐにスマホをしまった。


「あの、投稿しないんですか?」

「こういうのはリアルタイムで更新しちゃダメなのよ。居場所がバレてしまうからね」


 へー、とハルジオンは感心した。

 人気のインフルエンサーは、そんなことも考えながら投稿しているのか。


「今日も別の場所の投稿をしたから、ここがバレることはないわよ」


 しかもブラフまで仕掛けているのか。

 ハルジオンは憶えておいたほうが良いかもしれないと、心の中のメモに刻んでおいた。


「それじゃあ、邪魔してごめんなさいね。食べましょうか」


 二人は食事を始めた。

 二人ともそこまで喋る方ではないため、静かな食事が続く。


 すると、ハルジオンは視線を感じた。

 SAYAがジッとハルジオンを見つめている。


「えっと、なんですか?」

「いえ、所作がキレイだなと思っただけよ」

「あ、ありがとうございます?」


 SAYAは箸を置いて、おずおずと口を開いた。


「実はね。ハルジオンさんを食事に誘ったのは理由があるの」

「理由、ですか?」


 どんな理由なのだろうか。ハルジオンは続く言葉を待つ。


「私の……友人に似ていたからなの」

「ゆ、友人」


 ハルジオンの胸がどきりと高鳴る。

 まさか、自分のことだろうか。


「ひどい人なのよ? 優柔不断で根暗で、こっちの気もしれないで変な行動する人なの」


 SAYAは不満そうに言った。

 優柔不断で根暗。やっぱり『詩音』のことだろうか。


「あ、ごめんなさい。ハルジオンさんのことを言ってるわけじゃないのよ?」


 SAYAは顔を赤くしながら続けた。


「それに、迷ってる姿を見ると可愛いって思うし、落ち着いてる人だから一緒に居ると安らげるし、かと思ったら突然こっちをドキドキさせてくるような人で……」


 SAYAはどんどんとうつむき、恥じらうように手をいじっていた。

 その友人の好感度は高そうだ。これは自分の事じゃないな。

 ハルジオンはそう結論を出した。


「でも喧嘩してしまってね……いろいろと事情もあって、仲直りはできていないの」


 ちょっと前。これは確定で『詩音』ではない。

 SAYAが万が一にも友人が誰なのか特定されないために、を入れているのでなければ、『詩音』ではない。


「あの、これは友人の代わりが欲しいわけじゃなくて、純粋にハルジオンさんと仲良くなりたいからなのだけど……」


 SAYAは少し不安そうな眼をした。


「ハルジオンさん、私とお友達になってくれないかしら?」

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