第11話
「私が前に出る。ハルジオンさんは後ろからサポートして!」
SAYAが走り出す。
そこにドラゴンが尻尾を振るうが、SAYAはひらりと避ける。
ならばと言わんばかりに、ドラゴンは灼熱を吐き出そうとする。
「させないよ!」
ハルジオンがステッキを構え、その先から巨大な氷塊を撃ちだす。
ドラゴンの頭に向かって流星のように飛ぶ氷塊。
当たってはたまらないとドラゴンは顔を振るって避けるが、それではいけない。
ズドン!!
トラックが突っ込んだのかと思うような爆音が鳴った。
SAYAの振るった大剣が、ドラゴンの腹部に直撃した。
ドラゴンの巨体がよろよろと後ずさる。
その腹部の鱗には、大きなヒビが走っている。
「硬いわね。でも、次の一撃は耐えられるかしら?」
『すげぇ!!』『これ、マジで倒せるんじゃないか?』『SAYAってどんなスキル持ってるの?』『驚くなよ。魔王スキルだ』『流石です魔王様!!』『踏んでください!』
ドラゴンはギロリとSAYAとハルジオンをにらんだ。
その眼には憤怒の炎が燃えている。
そして次の瞬間、
「な、飛ぶのはズルいんじゃない!?」
ドラゴンは翼を広げると、空に舞い上がった。
こうなっては、SAYAの剣は届かない。
さらにドラゴンは口からいくつもの火球を吐き出す。
それは噴火して飛び出る火山弾のように降り注ぐ。
「SAYAさん!」
ハルジオンはSAYAに走りよると、魔法で岩の壁を作り出す。
二人は寄りあうようにその壁に隠れる。
周囲には火球が降り注ぎ、小規模な爆発を繰り返す。
からからと、はじけた小石があたりに散らばる。
『ズルいぞ!!』『空の王者(笑)気取ってんじゃねぇぞ!?』『降りてこい、卑怯者!』
コメント非難されようと、ドラゴンがそれを聞き入れる道理はない。
『てか、マジで滞空時間長くないか?』『こいつまさか、ずっと飛べるタイプなの?』『嘘だろ、あの見た目で飛行特化のドラゴンなのかよ』
翼の生えているドラゴンだ。当然ながら空を飛べる。
しかしドラゴンの滞空時間は、種によって変わってくる。
どうやらあのドラゴンは、ずいぶんと長く飛んでいられるようだ。
こうなったら、詩音は覚悟を決めた。
「SAYAさん、ボクがドラゴンに近づいて落とします」
「……そんなこと、できるのかしら?」
「はい、ボク一人なら飛べます」
あとは、倒せなくとも翼さえ何とかすればいい。
ドラゴンはあの翼で風魔法をコントロールして空に浮いている。
翼にある程度の損傷を与えて、ドラゴンの風魔法が不安定になったところを、詩音の魔法で揺さぶれば。ドラゴンを地面にたたき落とすことができる。
SAYAは少しのあいだ考える。そして、
「いいえ、止めましょう。ここは撤退するべきよ」
そう決断を下した。
「キミは魔法職でしょう? ドラゴンの一撃が致命傷になるかもしれない。そんな危険をおかしてまで戦う理由はないわ」
コメントでも言われていた通り、ユニークモンスターの討伐は一流のプロに任せればいい。
学生であるハルジオンたちが危険をおかす理由はない。
SAYAたちがドラゴンに挑んだのは挑戦心から。
逃げてはいけない使命などない。
だが、ハルジオンは違った。
「いえ、やらせてください」
『え、なんで?』『ハルちゃん、おとなしく逃げようよ』
ハルジオンは、この時間を逃したくなかった。
SAYAと一緒に居られるこの時間を。
自分で決断して、捨てた時間だ。
だが、今だけは一緒に戦える。
同じ方向を向いて前に進める。あの頃のように。
だから、せめて、アレを倒すまでは。
数秒のあいだ、二人は見つめあう。
その瞳からSAYAが何を感じたのかは分からない。
「分かったわ」
だが、何かを納得したようだ。
「私もできる限りサポートする。その代わりに、危ないと思ったらすぐに引くのよ?」
「ありがとうございます」
『てぇてぇか?』『よくわからんけど尊いからよし!』『あれ、これカレンちゃん?』『あ……』『浮気か?』
ハルジオンはステッキを握りしめる。
周囲にはいまだに火球が飛んできている。
「行きます!」
ハルジオンは飛び出した。
降り注ぐ火球を避けながら、ハルジオンは風魔法を使って飛びあがる。
その様子にドラゴンが気づくと、火球の連射速度が上がっていく。
ハルジオンは避けることに集中し、なかなかドラゴンに近づけない。
だがドラゴンの注意は詩音に集中している。
今なら、SAYAは自由に動ける。
SAYAは眼をつむって、手を前に出す。
その手元に氷の槍が形成されていく。
さらに固く、さらに鋭く。
数秒をかけて形成されたその槍を、紗耶は投げる。
腕力だけでなく、魔力を乗せた一撃。
狙いは翼。忌々しいその翼を引き裂かんと、氷槍が迫る。
だがドラゴンはすんでの所で気づく。
ひらりと身をかわそうとするが、
「させない!」
ドラゴンが槍に気をとられた一瞬の隙をついて、ハルジオンが近づいていた。
SAYAは槍が迫る反対の翼に近づき、そこに暴風を引き起こす。
ぐらりとドラゴンの体勢が崩れた。それは一瞬、だが致命的だ。
ザン!
ドラゴンの翼を氷の槍が縦に引き裂く。
「こっちも貰うよ!」
ハルジオンはステッキの先から、大きな風の刃を作り出す。
それを振るって、ドラゴンの翼を切り裂いた。
大型のクレーンがきしむような音が響く。
ドラゴンの叫び声だ。
ドラゴンは大きく体勢を崩すと、そのまま地面へと落ちて行った。
ズドン!
大きな衝撃音が響いた。
『やったか!?』『やったか禁止!』『これはやってないですわ』
まきあがる土煙の中で、大きな影が動いた。
突風が吹き抜けて、煙が払われる。
現れるドラゴン。その眼からは怒りが消えて、覚悟のようなものが見える。
体を覆う真っ黒な鱗。背中から尻尾にかけて、その黒い鱗の隙間から青白い光が漏れ出る。
ゾクリと、詩音の背中に寒気が走った。
それと同時に、ドラゴンの存在感が増す。空気が震えていると錯覚するほどの威圧感が振りまかれる。
『なにこれ?』『なんかヤバくね?』
ドッ!
地面が爆ぜた。ドラゴンが地を蹴った衝撃で。
その巨体からは想像もできないほどの速度で走ると、SAYAに向かって前足を振り下ろす。
「ッ!!」
SAYAはギリギリで攻撃を避ける。
しかし、衝撃波によって吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がった。
「SAYA!!」
ハルジオンはSAYAを助けに入ろうと飛ぶ。
しかし、それこそがドラゴンの狙いだった。
ぐりんとドラゴンの目が動くと、ハルジオンをにらみつける。
そして鞭のように、その長い尻尾を振るった。
音を置き去りにして、尻尾が詩音に迫る。
直撃すれば死ぬ。そう感じるほどの勢いで。
「ハルジ――」
叫び声も間に合わなかった。
ハルジオンのステッキの先端が尻尾に触れる。
ぬるり。
尻尾は滑るように方向を変えると、ドラゴンの顔面を強く打ち付けた。
『え、なに今の?』『魔法か?』『バリア系の魔法でそらしたのかな?』『そんなんできるの?』
頭を打ち付けたドラゴンが、ぐらりと揺れる。
明らかなチャンスだ。
「SAYA! トドメを!」
SAYAはハッとすると、大剣を構える。
その大剣から黒いオーラが揺らぐ。
「これで終わりよ!」
大剣をドラゴンの腹部に突き刺す。
亀裂の入っていた鱗は割れて、その肉体に剣が刺さった。
ドン!
くぐもった爆発音と共に、ドラゴンの体が
そしてドラゴンはぐったりと動かなくなると、光の結晶となって消え去る。
カラリと、魔石が地面に落ちた。
「……終わった」
『うおー-!!』『よく倒したな!』『おめでとう!!』『88888』
なんとか勝てた。
ハルジオンはその場にへたり込んだ。
「お疲れさま」
SAYAは魔石を拾い上げると、ハルジオンのもとに近づく。
その顔は優しく微笑んでいた。
「この勝利はあなたの物ね」
そう言って紗耶は魔石を差し出してきた。
その魔石には色がついている。ユニークモンスターは必ず魔法石を落とす。
あれだけの強敵のものだ、相当な値段がつくかもしれない。
「いやいや、SAYAさんの攻撃力があってこそです」
「そう? じゃあ、二人で分けましょうか」
SAYAは腰のポーチに魔石を入れる。
そして少し躊躇いながら、口を開いた。
「ねぇ、この後、時間あるかしら?」
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