第9話
飯野と話した後、ハルジオンはダンジョンに来ていた。
火山のダンジョンだ。
まわりを見ると黒い岩肌を真っ赤な溶岩が流れている。
防具の温度調整機能が効いているが、それでも薄っすらと暑さを感じる。
詩音の額を汗が流れるが、それは暑さのせいではない。
「うぐぅ、緊張する」
その姿はハルジオン。
これから配信を始めるつもりなのだが。
『まだー?』『あれ、予定時間過ぎてる?』『トラブルか?』
待機画面では、多くの視聴者が配信の始まりを待っている。
ちなみにカレンの長文コメントはない。
彼女は現在配信中だ。さすがに配信中は見に来れない。
「登録者数が爆増してから初めての配信……つまらないとか思われたらどうしよう」
その登録者数は、コラボによってカレンに押し上げてもらったもの。
ハルジオンの実力ではない。
見に来てくれた人が、つまらないと感じて離れていったら……そう考えると配信開始ボタンを押せないでいた。
「でも飯野が、できる限り続けたほうが良いみたいなこと言ってたし。やってれば実力もついてくるかも……」
どのみち、配信をしていかなければ実力はつかない。
意を決したハルジオンは、開始ボタンに指を伸ばす。
「お、おはるじおーん。魔法少女系探索者のハルジオンです」
『緊張してて草』『声ぷるぷるですよ?』『かわいい!』『落ち着いてwww』
「皆さん、本日はお日柄も良く、お足元の悪い中お越しいただいてありがとうございます」
『天気良いのに足元悪いの?』『どっちだか分かんなくて草』
「あ、いや、違くて、ちょっと待ってください!」
詩音はスーハーと深呼吸する。
それを数回繰り返すと、少しだけ落ち着いた。
「よし、もう大丈夫、なはず」
ハルジオンは少し落ち着いた頭で考える。
他の配信者の人は、本格的にダンジョン探索をするまえに簡単な雑談、近況報告のようなことをしていた気がする。
ハルジオンは一つ、言いたいことを思い出した。
「そういえば前回の配信まで、僕のスカートの中が見えてしまってたんだけど」
『アーカイブで見たよ!』『今日も期待してます』『絶景』
「残念でした。今回からはもう見えないよ。ほら」
ハルジオンはスカートをたくし上げる。
そこには下着、ではなくスパッツを履いていた。
「この間のコラボしたときに、カレンちゃんのマネージャーさんから教えてもらったんだ。こういうのを履いたらどうかって」
ハルジオンとしては、悔しがるコメント欄が見れると思っていた。
が、反応が予想と違う。
『あちゃー』『ハルちゃんってバカなの?』『マネージャーさん、そもそも常識が足りてなかったです』
ハルジオンを憐れむようなコメントが流れていく。
「え、なに? どういうこと?」
『女の子がスカートをたくし上げるな!』
バッと、ハルジオンはスカートを下げる。
そして真っ赤な顔でカメラをにらみつけた。
「は、はめたな!?」
『え……?』『えん罪です』『勝手にハマったんだよなぁ』
「これを履けば恥ずかしい思いはしないと思ったのに、いやいや、そもそも短パンみたいなものだから恥ずかしくない!」
『恥ずかしくないなら存分に見せつけてください!』『スパッツはそれはそれで良いよね』『わかる』『スパッツは良いぞ』
コメントの感じは、下着が見えた時と変わらない。
そう考えると、ハルジオンはスパッツでも恥ずかしくなってくる。
「もういいです! 探索やっていくよ!」
ハルジオンはコメントを見ないようにする。
見ると余計に恥ずかしくなる。
溶岩地帯を進んで行く。
すると、炎を背中から生やした大きなトカゲが見えた。
サラマンダーだ。
『お、爆発の時間か?』『スカート待機』『でもサラマンダーに炎魔法は相性悪くない?』『アーカイブ見たけど、相性とか関係なく一撃で吹っ飛ばしてたよ』『バカみたいな火力で草』
「残念だけど、ボクはもう爆発魔法は使わないよ」
そう言って、ハルジオンがステッキを構える。
その先端から風の刃が作られた。
詩音は地面を蹴って、サラマンダーに走る。
詩音に気づいたサラマンダーから、炎の柱が襲いかかる。
しかし、詩音はそれをスルスルと避ける。
あっという間にサラマンダーに近づくと、風の刃で切り裂いた。
キュビ! と短い悲鳴をあげるとサラマンダーは絶命し、その体は結晶のようなものを散らしながら消え去った。
コロリと、魔石がその場に落ちる。
『強っっよ!!』『魔法職じゃないの!?』『なんで近接戦闘までできるんだよ!?』
『その魔法、魔法職のやつが敵に近づかれたときの護身用で、率先的に近づいて使うものじゃないはずでは?』
ハルジオンは誇らしげな顔をする。
「ちょっとだけ近接戦闘の訓練も受けてたから、ある程度は戦えるんだよね」
『なんでそんなもの受けてるんだ……』『ちょっとだけ訓練したレベルじゃなくて草』『近接職ワイ、引退を決意』『早まるなwww』『これ、ハルちゃんがおかしいだけだぞ』
ハルジオンは魔石を拾い上げると、それをカメラに見せる。
「魔宝石だ。今日はついてるかも」
魔石には2つの種類がある。
1つは色のついていない、通常の魔石。
もう1つが、色付きの魔宝石だ。
魔宝石には特殊な魔力が込められている。
これを魔石を用いた武器、防具、道具などと組み合わせることで、さまざまな魔導具が作られる。
入手方法はモンスターを倒したときに、稀に落とすくらい。
モンスターによってどのような力が込められているかは変わる。
込められている力によっては国宝レベルの価値がある代物だ。
ただ、サラマンダーの魔宝石は特に珍しいわけでは無い。
手に入ったら、今日はちょっと贅沢なご飯を食べちゃおうかな。と思う程度のもの。
それでもラッキーではある。
今日はいい事があるかもしれないと、詩音の気分が上がる。
だが、その気分はすぐに打ち消された。
火山が噴火した。
いや、そう錯覚するほどの巨大な
「うぇ!? な、なに?」
『なんだ!?』『噴火か?』『いや、鳴き声みたいだったぞ?』
ハルジオンが声の方向を見る。
すると、そちらから二人の探索者が走ってくるのが見えた。
「あの、どうしたんで――」
「うるさい! どけ!」
その二人は脇目もふらずに去っていく。
『なんだアイツら』『マナー悪っ!』『何かから逃げてた?』
「……とりあえず、見に行ってみます」
『危なくないか?』『気をつけてね』
ハルジオンは声のした方に走る。
小さな丘に登る。そこから見えたのは、
『うげぇ!?』『ドラゴン!』
赤黒い鱗、巨大な翼。その巨体からは、とてつもない威圧感が
そして、ドラゴンと
それは、長い銀髪を腰まで伸ばした女性。
(紗耶!?)
詩音の元カノだ。
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