第3話

 無事に配信が終わったあと、ハルジオンは草原を歩きながらスマホを眺めていた。


「いまいち伸びなくなってきたな」


 見ているのは配信用のチャンネル情報。


 ハルジオンとしての配信活動を始めたのは一ヶ月ほど前から。

 そこから順調に視聴者は増えていき、収益化も目前となった。

 しかし、ここでチャンネルの成長率が鈍化してきた。


「やっぱり単調なのが悪いのかな」


 ハルジオンの配信内容はダンジョンに入って、モンスターを倒すこと。

 ジャンルとしては雑談系に類するが、ハルジオンは会話が得意な方ではない。


 結果として、ただ淡々とモンスターを倒すような絵面が続いていた。

 唯一の強みは、魔法少女状態での可愛さだ。


 ハルジオンはスカートがめくれて、盛り上がっていたコメント欄を思い出す。

 そこに深淵の邪神がささやいてきた。


 肌の露出を増やせば、もっと伸びるのでは?


「いやいや、駄目だ! 良くない。なんか良くないよ!」


 ブンブンと頭を振って考えを振り払う。

 伸びたツインテールが、わさわさと震えた。


 だが、他に解決策も浮かばない。

 どうしたものかと悩んでいるうちに、ダンジョンの出口についた。


 地中から伸びた、半透明な木の根っこ。

 それが輪っかを作り、その中にぐるぐると青い渦巻きができている。


 ハルジオンはそこに入っていく。

 出た場所は先程までの広い草原と違って、コンクリート製の大きな部屋だ。


 部屋の角には監視カメラが見える

 ダンジョンの入り口から、モンスターが外に出ないように警備されている。


 出口には大きな鉄扉があるが、現在は開放されている。

 その手前には駅の改札口のようなものがある。

 ハルジオンはそこにカードをかざしながら、外に出る。


 外は普通のビル街。

 スーツ姿の人々が行き交っているが、特にハルジオンを気にした様子もない。


 さて、さっさと帰ろうか。とハルジオンが歩き出そうとしたときだった。


「あなた、ハルジオンちゃんだよね!?」


 ハルジオンは配信者としての名前を呼ばれて、びくりと体を震わせた。

 出待ちと言う文化がある。

 配信者が収録しているダンジョンを特定して、その入り口で配信者が出てくるのを待つ行為だ。

 一般的にはマナー違反とされているが、絶対に禁止されているほどではない。

 受け入れている配信者も居る。


 だが、ハルジオンは自分が出待ちされる立場になるなんて考えていなかった。

 どうしたら良いのか分からない。

 少なくとも、下手に接触するべきじゃないだろう。

 正体が男だとバレたら拡散されるかもしれない。リスクは負うべきではない。

 そう考えたハルジオンは、


「あ、なんで逃げるの!?」


 とりあえず走り出した。

 幸いなことに、魔法少女スキルは身体能力も上げてくれる。


「ちょっと、話を聞いてよ!」


 相手が追いかけてくる。

 仕方がない。


 ハルジオンは風魔法も駆使しながら跳びあがる。

 着地点はビルの屋上。

 そこからビル伝いに逃げればいい。

 そう思っていたのだが、


「ハルちゃん、こんなところに勝手に入ったらダメだよ。怒られちゃうよ?」

「え!?」

 

 相手も跳びあがりビルの屋上に上がってきた。

 しかもハルジオンのような魔法の支援は無しで。

 こんなことができるのは、相当な実力を持った探索者。おそらくは前衛系。


 なぜそんな人が出待ちをしていたのか。

 ハルジオンは追手の顔を確認すると、見覚えがあった。


 亜麻色の髪のショートボブ。少しだけ幼さの残る顔つき。にこにこと甘いお菓子でも眺めるような顔つきで、詩音を見ている。


 人気配信者カレン。

 『勇者』と言う、特殊なスキルを発現させた彼女は、デビューからわずか半年でトップ配信者の仲間入りを果たした。


 その可憐な容姿、勇者スキルによる圧倒的な強さ、そして何よりも本人の明るい性格が人をきつけるのだろう。


 自分とは格の違う有名配信者を前に、ハルジオンは何を言ったらいいのかも分からず、ただカレンを見つめていた。

 どうして、自分なんかに会いに来たのだろうか。


 するといったい何を思ったのか、カレンの顔が赤くなっていき、はぁはぁと吐息を漏らし、ブツブツとあやしく呟き始めた。


「ハルちゃんが私を見てる。見つめてる。これってもう愛してるって意味だよね。私たち相思相愛ってことだよね」


 なに言ってんだコイツ。

 カレンは身をよじらせながらブツブツと呟いている。

 その異常な姿に、会って早速だがハルジオンはドン引きだ。


「あ、あの、何か用があって来てくれたんじゃないんですか……?」


 これ以上、カレンが妄想の世界にトリップする前に、ハルジオンは声をかけた。

 するとカレンはハッとしたように顔を上げる。


「そうだった。まずは、お礼を言いに来たんだ」

「お礼?」

「一年くらい前に、オークに襲われたところを助けてくれたでしょ?」


 ハルジオンが初めて魔法少女スキルを使ったとき、一人の少女を助けていた。

 魔法少女の姿で人と関わるのを避けたかったため、助けた後はすぐに別れた。


 だが確かに、あの時の少女はカレンだった。

 ハルジオンはそのことを分かっていたが、カレンが覚えているとは思っていなかった。


「覚えてたんですね」

「あたりまえだよ! あの時、ハルちゃんに助けてもらえなかったら、私は死んでたかもしれないんだから」


 彼女はスマホを取り出すと、操作を始める。


「ずっとハルちゃんにお礼を言いたかったんだけど、なかなか見つからなくて。だけどハルちゃんが配信を始めてからはすぐに見つけられたよ。探偵ってすごいんだね。二回目の配信でハルちゃんのこと見つけてくれたもん」


 た、探偵?

 そんな所に依頼を出していたのか。とハルジオンが驚く。

 すると、カレンはスマホの画面を見せてきた。


「ほら、チャンネル登録もしてるし、いつもコメントしてるよ」


 そう言って、カレンが見せつけてきたアカウント情報は、


(いっつもクソ長長文ながちょうぶんコメントしてくる人じゃん!?)


 配信を始めるとすぐにやってきて、愛してる、好きだよ、とかを含めて長いコメントをしてくる人だ。

 時間がないときでもコメントだけは残しに来るらしく、『忙しくて一緒に居れなくてごめんね。アーカイブは絶対に見るからね』などと言っていた。


 ちょっと痛い中学生くらいの子がコメントしてくれているのかな。

 なんて思っていたが、まさかその正体がカレンだったとは。

 ヤバい人じゃん。ハルジオンは無意識にカレンから距離をとる。


「そう、なんですね。ありがとうございます」

「それでね、ハルちゃんにお礼したいなって思って、マネージャーさんに相談したんだ」


 カレンは事務所に所属する配信者のため、マネージャーと言うものが存在する。


「そのマネージャーさんから、ハルちゃんのチャンネルの成長率が鈍化してるから、それを助けてあげればいいんじゃないかって言われたんだ」


 その言葉にハルジオンの意識が向く。

 何らかの解決策があるならば、ぜひ教えて欲しい。


 ……ところでカレンは自分がしたコメントもマネージャーに見せたのだろうか。

 だとしたら、今後の人間関係が心配になる。


 そして、カレンが出してきた解決策はとてもシンプルなものだった。


「ハルちゃん、私とコラボしない?」


 コラボ。他の配信者と一緒に配信することは、新規の視聴者を開拓するのに、とても有効で簡単な手だ。

 ぼっちのハルジオンには決して簡単ではないのだが。


 カレンは登録者100万人を超える大手配信者。

 その人とコラボすれば一気に知名度が上がるだろう。


 しかも、ハルジオンが脱ぐよりは健全だし安全。のはずだが、


「コラボしたらハルちゃんに何をしてもらおうかな。そうだ、服だけを溶かすスライムっていないのかな。いやでも、配信上にハルちゃんの肌をさらすのは許せないし」


 ぶつぶつと言っているカレンを見ていると、本当に安全かは分からない。

 止めておいたほうが良いのでは?

 そもそもカレンさん、私欲のためにコラボ提案してません?


 迷うハルジオン。

 だが、どこかで大きな冒険をしなければ成果は得られないだろう。

 ハルジオンは覚悟を決めた。


「分かりました。ボクとコラボしてください」

「やったー! ありがとうハルちゃん。今後も末永くよろしくね!」


 末永くかどうかは、カレンの自制心しだいだろう。


「それじゃあ、今後の連絡はメールでするね。チャンネルに載ってるアカウントあてで良いんだよね?」

「あ、はい。大丈夫です」


 そもそも、このやり取りもメールですれば良かったのでは?

 ハルジオンはその言葉を飲み込む。


「……ところで、一つだけ大事な確認があるんだけど」


 空気が変わった気がした。

 空気が張り詰める。びりびりと肌にしびれが走り始めた。

 カレンの琥珀色の目が、どろりと、はちみつのように甘く、粘着質な質感を帯びた気がした。


「ハルちゃんって、付き合ってる人とか、居ないし、居たこともないよね?」


 間違えたら殺される。

 そう確信するほどの殺気がカレンからあふれていた。

 詩音は緊張で乾いたのどを必死に震わせる。


「いや、彼氏居たことないですよ」


 その言葉をカレンが聞くと、一気に空気がゆるんだ。


「そうだよね。ハルちゃんは清い女の子だもん。そんな相手いないよね」


 先ほどまでの危ない雰囲気は消え去り、カレンはにこにこと笑顔を浮かべる。

 その姿はただの明るい女の子だ。


 もしも、『居たことがある』と答えたらどうなっていたのか。

 そもそも、


(中身が男だとバレたら……)


 コラボを承諾したのは失敗だったかもしれない。

 ハルジオンは命の危機に体を震わせた。





 カレンと別れた後、詩音は変身を解き帰路についた。

 詩音が住んでいるのは薄汚れた古いアパートだ。だが最近改装をしたため、部屋は意外と綺麗になっている。

 アパートの前には、物理的にも家賃的にも高いマンションが建っている。


 詩音がアパートの敷地に入ろうとすると、マンションから一人の女性が出てきた。


「あ、詩音先輩!」


 詩音はそちらに目を向ける。

 亜麻色のショートボブ、まだ幼さの残る顔つき、琥珀色の瞳。

 つい、先ほどまで聞いていた声。


 彼女の名前は『一角華恋ひとかどかれん』。

 詩音の大学の後輩であり、超人気配信者のカレンだ。

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