第2話

 そもそも、詩音に魔法少女スキルが発現したのは一年ほど前だった。


「なんだ、このスキル?」


 スマホのステータス管理アプリには、『火魔法』『水魔法』『魔力』『魔力制御』と言った、見慣れたスキルが表示されている。

 しかし、その一番下には『魔法少女』という見覚えのないスキル。


 そもそも、こんなスキルが存在すると聞いたこともない。

 『魔法少女 スキル』などとネットで検索しても、出てくるのはゲームの攻略サイトくらいだ。


 ネットで調べれば大体わかる。

 それが染みついた世代である詩音としては、検索しても出てこないことに驚いた。

 人生のコンパスを失った気分だ。


 そもそも、このスキルは大丈夫なのだろうか。

 体に害があったりしないのか。

 発現したスキルが体に悪いと言うのは聞いたことがないが……絶対はない。


 どうしたものかと迷った末に、詩音は覚悟を決めた。

 スキルを発動させてみる。

 使ってみれば分かるはずだ。


 詩音は洗面台の前に立つ。

 ガラスには詩音が写っている。

 少し長めの黒い髪、猫のようにシュっとした顔は中性的だ。たまに女性に間違えられることを、本人は気にしている。


 体におかしな変化が起こったら、すぐに止める。

 スキルの発動のさせ方は、なぜか感覚的にわかる。

 詩音は身構えながら、スキルを発動させた。


 変化なんて生易しいものじゃなかった。

 突然、体中が輝きだす。

 それこそ魔法少女物の変身シーンのように。


「あ、あれ、止まらない!?」


 焦ってスキルを止めようとしたが、そもそも止め方がわからない。

 止められるなら感覚的に理解できるはずなので、無理なのだろう。


 あっという間に、体のあちこちが変化を起こす。

 そして光が収まると、そこには一人の少女が立っていた。


 ただし、服や髪留めまで生成してくれるわけじゃない。

 つまり、長い髪をたらした裸の少女が立っていた。


「ご、ごめんなさい!」


 詩音はとっさに目をそらすが、鏡の中の少女も同じ動きをする。

 自分が発した声も、いつもより高い。


「あ、これボクだった」


 鏡に目線を戻す。

 自分の体を見ているだけだが、気恥ずかしく局部を隠してしまう。


「と、とりあえず服を着よう」


 この後に分かったことだが、服は変身後に着ていたものが、変身するたびに出たり消えたりするらしい。



 詩音は魔法少女スキルを試すために、近場のダンジョンに入った。

 薄暗い洞窟のダンジョンだ。岩壁に生えたキノコが光って、あたりを照らしている。

 現在は男の姿。


 詩音は一般的に、『魔法使い』と呼ばれるタイプのスキル構成をしている。

 しかも、全属性持ち。

 これはとても珍しく、日本中探しても数人しかいない。


 スキルと言うのは努力によって発現できることもあるが、基本的には才能だ。

 そんな中で全属性持ちの魔法使いと言うのは、とても恵まれた才能……のはずだった。


 詩音は使い慣れた金属製の杖を構える。

 遠くにいるゴブリンに向かって魔法を放つ。


 小さな火の玉がヒョロヒョロと飛んでいくと、ゴブリンに当たって小さな爆発を起こす。

 しかし絶命するまでは至らず、やけどに苦しんだゴブリンは怒って詩音に向かって走り出す。


 それに向かって、風の刃を放つ。次に岩の弾丸。雷撃。水、氷、……

 倒した時には、ゴブリンには切り傷や打痕だこんが体中にできていた。


「やっと倒せた……」


 全属性という恵まれたスキル。

 だが、致命的に威力が足りなかった。


 通常であれば、魔法系のスキルが発現した者には、魔法の威力を上げるスキルが発現する。

 しかし、詩音には出なかった。


 そんなわけで、ついたあだ名は『持ち腐れ』。

 こんな役立たずはどこのパーティーにも入れてもらえない。

 日々、ゴブリンやスライムなどの弱いモンスターを狩り続ける生活が続いていた。

 しかし。


 詩音は魔法少女スキルを使って変身する。

 今度は服を着ている。ぶかぶかのパーカーだが。


 変身すると感じる。

 魔法の威力が上がっている

 さっそく魔法を試してみようと、ワクワクしながら杖を構えた時だった。


「キャーー!!」


 近くで悲鳴が聞こえた。

 なにごとかと驚きながらも、詩音は声のしたほうに走り出す。


 そこには腰が抜けた少女と、それを襲おうとしているオーク。

 詩音たちが居るのはダンジョンの浅いところだ。普段であればオークなんか出てこない。

 オークはゴブリンに比べればずっと強く、詩音もまともに戦ったことはない。


 普段なら逃げ出していたかもしれない。

 だが、変身している今なら倒せる気がする。


 詩音はゴブリンに使ったのと同じ、小さな火の玉を出す魔法を放った。

 杖から放たれたのは、巨大な炎球。近くにいるだけで肌がひりつく。

 それは勢いよくオークに飛び掛かると、一瞬のうちに消し炭に変えた。

 後に残ったのは、マグマのように赤く輝く床だけ。


(ま、魔法少女ってスゲー--!!)


 この時はまだ、詩音は魔法少女スキルを純粋に喜べた。

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