不本意ながら女装してダンジョン配信をしてたら、女勇者が厄介ガチ恋勢になっていた

こがれ

魔法少女(男)とガチ恋勇者とクソトラップダンジョン

第1話

 まずは聞いてほしい。

 弱冠20歳の大学生。小峰詩音こみねしおんは女装が好きなわけでも、女体化願望があるわけでもない。

 これには深海のごとき深い理由があり、仕方がないことなのだ。


「……いや、ボクは誰に言い訳してるんだ」


 おそらくは自分自身にだろう。

 詩音は視線を上げる。

 レンズのついた丸い球体が浮かんでいる。

 その上には半透明の画面が投影されていた。


「今日も、この時が来てしまった」


 詩音は遠い目をしながら、その画面を見つめる。

 そこには配信待機画面。500人ほどの視聴者が雑談をしている。


 視聴者が待っている。始める準備をしなければならない。

 仕方がない。

 詩音は小さくため息をついた。


「やるか」


 そう呟くと同時に、詩音の体が輝きだす。

 すぐに変化は起こった。

 背は少し小さく、体は全体的に丸みを帯びていく。黒い髪は桜色に染め上がり、長く伸びていく。

 そして花でも開くように、服がひらひらの物に置き換わっていき、長い髪はツインテールに結ばれる。


 光が収まると、そこには詩音の面影おもかげが残りつつも、同一人物とは思えない少女が立っていた。


 少女となった詩音は、画面に手を伸ばし、配信を開始する。


「おはるじおーん。魔法少女系探索者のハルジオンです。今日も、のんびりダンジョン探索をやっていこうと思います」


『おはるじおーん』『おはるじおーん』『おはるじ』


 と、いくつものコメントが流れていく。

 もはやお決まりのあいさつだ。視聴者も当たり前のように返してくれる。


 魔法少女系探索者ハルジオン。

 何言ってんだこいつ。

 詩音自身もそう思うが、それが詩音のもう一つの顔だ。


 もう一度、言わせてほしい。

 好きでやってるんじゃない。仕方がないんだ。


 一か月ほど前まで、詩音は普通のダンジョン配信者だった。

 元の男の姿で、ダンジョンに潜り、モンスターを倒す。

 それはとても普通で、だからこそ伸びなかった。

 

 それはもう、まったく視聴者がつかなかった。

 視聴者数は常にゼロ。

 たまに数字が増えたかと思ったら、すぐに減る。

 そんな配信を半年ほど続けて、心が折れた。


 そして、つい魔が差した。

 

 詩音に発現していた謎スキル。『魔法少女』

 そのスキルを使うと少女の姿に変わることも、変身すれば魔法の威力が向上することも分かっていた。

 これを使えば、他の配信者と差別化できるかもしれない。


 ためしに一回だけ。

 新しいアカウントを作って、配信をしてみるだけ。

 たった一回だけ。

 だがそれは麻薬だった。


 数字が増えた。視聴者が増えた。

 それは詩音の脳に喜びを流し込んだ。


 そうなったら、もう男の姿で配信なんてやってられない。

 どんどん増えていく視聴者に喜んだ。

 今では収益化も目前だ。

 

 金が欲しい。

 働きたくない。

 もう食べられる雑草で飢えをしのぐのは嫌だ。


(そのためなら、魔法少女になってもいいさ!)


 決意を固めながら、詩音はコメント欄に目を向ける。


『おはるじおーん。今日もハルちゃんの顔が見れて嬉しい。最近、ちょっと疲れ気味だったけど、ハルちゃんのおかげで毎日楽しく生きていられるよ。ありがとう。愛してる。誰よりも愛してるよ。本当だよ。だからハルちゃんからも愛してるって言って欲しいな。なんて、ハルちゃんを困らせるようなこと言っちゃだめだよね。今日も私とハルちゃんにとって楽しい一日になることを願ってるよ』


 少しくじけそうになった。


(ま、まぁ、こういう熱意ある人が長く応援してくれるんだろうな)


 詩音はコメント欄から目をそらし、あたりを見回す。

 そこは広い平原。少し遠くにオークが居るのが見える。


「さっそく一体居たので、いつも通り吹き飛ばしましょう」


 詩音はマジカルなステッキを構える。

 撃つのは爆発魔法。

 なぜかこれを使うとコメントが盛り上がる。みんな爆発が好きなのだろう。


 杖の先端から赤い光線がほとばしる。

 それはオークの近くに着弾すると、爆音とともに爆発を巻き起こす。

 爆風によって服がはためく。

 

 もはやオークは消し飛び、そこには小さなクレーターができていた。


『キター-!!』『い つ も の』『ありがたやー』『今日も素晴らしいね。ハルちゃんの純真さが表現されてる』


 やはり、なぜかコメントが盛り上がっている。

 この魔法の何が良いのか。いまいち詩音には分からなかった。


(まぁ、喜んでるならいいか)


 そう思い、コメント欄から目を離そうとした時だった。

 目についてしまった。


『今日のパンツは白なんですね』


 バッと、詩音はスカートを見る。

 それは店員に勧められるままに買った短いスカート。

 少しなびいただけで、中が見えそうになる。


『あ』『まずい』『バカヤロー!』『せっかくハルちゃんのパンツ拝める瞬間を、なに余計なこと言って邪魔してるんですか』


 爆風、短いスカート、なぜか盛り上がるコメント。


「二度とこんな魔法使うか!!」


 やっぱり、魔法少女なんて辞めたい。そう思う詩音だった。

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