第4話
「詩音先輩、お疲れ様です」
そう言って、華恋はにこりと笑った。
少し前までは純粋に可愛い後輩としてみていた。
しかし、そのヤバさを知ってしまった今、詩音はその笑顔が恐ろしく感じた。
「ダンジョン帰りですか?」
「う、うん、ちょっとだけ行ってきたんだ」
「へー、どこに行ってたんですか?」
どう答えるべきか、詩音は悩む。
本当に言っていた場所を教えたら、詩音とハルジオンが同一人物だと推測するためのヒントを与えてしまうかもしれない。
だが、嘘を言って通じるかどうか。
華恋の琥珀色の瞳が、ジッと詩音を見つめている。
まるで心の中を見通そうとしているようだ。
以前に華恋自身から聞いた話だが、勇者スキルは直観が鋭くなるらしい。
なんとなく危険な場所や、相手が嘘を言っているか分かるとか。
嘘を言って、バレた時のほうが怪しくなる。
ここは本当のことを言ったほうが良いだろうと、詩音は素直に行っていたダンジョンを教えた。
「偶然ですね。私もさっきまで、その近くに居たんですよ」
「そうなんだ。もしかしたら、すれ違ってたかもね」
詩音の答えに華恋がにこりと笑った。
何を考えているのかは分からない。
たが、特に何かを疑われている感じはしない。
「ところで、最近ぜんぜんクランの集会に顔を出さないって、みんな心配してましたよ?」
華恋は子供に注意するように言った。
クランは探索者が所属する集団だ。情報を交換したりパーティーを募集するときに役に立つ。
詩音と華恋は学生たちが作ったクランに所属している。
クランでは1週間に一回ほど集会を行っている。
だが詩音は最近、配信が忙しくて顔を出せていない。
「次は私が引きずっていきますからね」
「ごめんね、ちゃんと出るようにするよ」
「もう、絶対ですよ?」
華恋はすねたように言った。
そして、何かに気づいたようだ。
「そういえば、詩音先輩って、ごはんこれからですよね?」
「そうだけど……」
「ちょっと待っててください!」
華恋はマンションの中に入る。少しして大きめのタッパーを持って出てきた。
「はい、今日は肉じゃがですよ」
「本当に、いつもありがとう。華恋ちゃんがいなかったら、ボクは飢え死にしてたと思う」
「いいんですよ。これくらいなら、いつでもあげますから」
受け取ったタッパーはまだ暖かい。作り立てなのだろう。
「だからその辺に生えてる草とか食べちゃダメですよ?」
華恋と初めて会ったとき、詩音は草を採っていた。
『草むしりですか?』と聞かれたので、『食べられる草を採ってるんだよ』と言ったら、とても驚かれた。
それ以降、華恋はたまに食べ物を恵んでくれていた。
そう考えると、詩音は華恋に命を救われている。
もうすでに、オークを助けた時の借りなど返されているはずだ。
これに加えてコラボをしてもらうのは、貰いすぎなんじゃなかろうか。
詩音が申し訳なく思っていると、それが顔に出ていたのだろうか。
「詩音先輩、困ったことがあったら言ってくださいね。なんでもしますから」
そう言って、華恋はにこにこと笑う。
聖女だ。詩音は心の中で華恋を拝む。ヤバいやつだとか思ってすいませんでしたと懺悔する。
華恋が笑う直前。その瞳に一瞬だけ、ほの暗い何かがかすめた気がするが、気のせいだろう。
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