第2話

 諒の態度が明らかに悪くなったのは、彼が高校に上がってからのここ二年ほどだった。近所に住んでいる由里子は子供の頃と変わらず頻繁にうちを訪れていたが、それと諒が連れてきた高校の友人達とが居合わせることが何度かあった。


 僕は正直心配だった。由里子は馴染みの僕から見ても美人だ。目鼻立ちが整っていて、元々色素の薄いウェーブのかかった長い髪が色白のきめ細やかな肌と合っており、長い睫毛と大きな茶色い瞳も相まって西洋人形みたいだった。本人は背が低いことを気にしているけれど、それも含めて守ってあげたくなるような雰囲気を醸し出している。

 容姿だけでなく、彼女は引っ込み思案ではあるが、とても優しかった。子供の頃はそれを物足りなく感じたこともあった。しかし成長するに従ってクラスの騒がしい女子たちとの差とその良さに気付くようになった。


 そんな彼女に、当然のように諒の友人達はちょっかいをかけてきた。中高一貫の女子校に通っている由里子は僕たち兄弟以外の男性には免疫がないのだろう、からかわれる度に顔を赤らめて眉を八の字に寄せていた。

 そのうち諒はうちに友人を連れてくるのをやめた。それは良かったのだが、代わりに外出して帰って来ない日々が続くようになった。諒は素行の良くない仲間とつるむようになったが、容姿だけは良かったから注目されることも多く、時々噂が僕の耳にも入ってきた。異性に関しての噂は、彼に憧れる女友達や、彼をやっかむ知人から良く聞いていた。来る者拒まずの態度で女性をとっかえひっかえする諒の女癖の悪さに、僕は正直呆れ果てていた。


 子供の頃から諒に一目置いて、二人はお似合いだと思って身を引く決心だった僕も、次第に彼は由里子に似つかわしくないと思うようになってきた。半分は妬みだったかもしれない。でも残り半分は、純粋に由里子のことを心配していた。

 諒は変わってしまった。父みたいだ、と僕は思った。母と幼かった僕たち兄弟を置いて他の女性と家を出ていった父。幸い僕たちは、仕事を続けていた母の稼ぎで生活を送ることができている。けれど、何よりも母を裏切った父のことが許せなかった。

 それは諒も同じだったはずなのに、何故彼は父と同じ道を辿るのだろうか。僕はもう諒のことを、兄貴としても由里子の相手としても認めたくはなかった。


***


 ケーキを食べ終えた後も由里子は自宅に帰ろうとせず、そのうちソファに腰掛けたままうつらうつらとし始めた。今日は母は夜勤だ。幼馴染みとはいえ、同じ屋根の下で夜遅くに若い男女二人きりというのはあまりよろしくない。


「由里子、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」


 近づいて声をかけたが、眠そうに目をこすった由里子は首を横に振った。


「今帰ったら謙人が一人ぼっちになっちゃうから、まだ帰らない」


 僕を心配しているのか? 一体いくつだと思っているのだろうか。苦笑しながら、再び目を閉じた彼女にタオルケットを掛けてやる。

 諒のことが気がかりだというのも含めて、彼女には彼女なりに僕たち兄弟を守らなければいけないという自負があるのだろう。口に出しては言わないが、幼い頃から彼女は母が不在がちのこの家を何かと気に掛けてくれていた。

 母親に教えてもらったと言って手料理を作ってくれたり、簡単な繕い物などをしてくれたり。世話焼きだな、と諒にからかわれてもニコニコしていた。彼女の存在がどれだけ僕たちの救いとなったことだろう。あの頃からこの子は変わらず僕たちのことを想ってくれている。大きく口を開けた美少女らしからぬ無邪気な寝顔を眺めながら、彼女の健気さに胸が苦しくなった。

 諒じゃなくて僕が彼女を支えたい。あいつじゃなくて僕だったら、彼女を幸せにするために全力を尽くす。


「謙人」


 不意に、寝ていると思っていた由里子から名前を呼ばれ、心臓が飛び出そうになった。


「ダメでしょ? 私がついていないと悪いことばかりするんだから……」


 由里子は目を閉じたまま言って、ソファの上で寝返りを打った。高鳴る鼓動を抑えながら彼女の顔を覗き込んだが、由里子はさらに二言三言何やら呟いた後に、再び穏やかな寝息を立て始めた。


--続く--

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