十二話

 外は夜明け間近で、木々の隙間から見えた遠い空は白み始めてた。でも辺りはまだ薄暗くて、木陰からまた誰かが襲ってくるんじゃないかと俺はびくびくしながら歩いてた。前を行くハンネスと姉ちゃんは、時々短く言葉を交わしながら並んで歩いてた。俺みたいに怖がる様子もなくて、後ろから見てると恋人同士にしか見えない。見てるだけならお似合いなのかもしれないけど……俺はまだ認める気になれない。っていうか、認めちゃ駄目だろ、人殺しを仕事にしてたやつなんか。


 町の郊外の林を北に進んでったハンネスは、そこから少し町中に入ったところで歩を止めた。


「これが僕の家です」


 そこにあったのは、木造の小さな一軒家だった。周りは長い雑草に囲まれて、家の下半分はほとんど埋もれて見えなくなってる。そこから伸びた無数のつるが家の壁を這ってて、その壁は表面のペンキが大分前にはげ落ちたのか、白と木材の茶の色あせたまだら模様が広がってる。屋根には枯れ葉や小枝が溜まって、その下には修理跡なのか、真新しい板が打ち付けてある。


「取り壊す予定だったのを、無理言って貸してもらったんです。だから見た目はこんなですけど、中は暮らせるように直してありますから」


 どうぞと言ってハンネスは玄関の扉を開ける。実家の場所は知られたくないのに、この家の場所はいいらしい。ちなみにその実家を出てくる時、俺達はしばらく目を瞑ってるよう言われて、途中までどこを歩いてたのか知らない。それで十分わからないのに、俺はラグナーさんに腹を殴られて連れてかれた。今思うとあれは殴られ損だ。間違いなく。


 中に入ると、ハンネスが言った通り、外見とは違って普通に整った部屋がそこにあった。居間と左の寝室の二部屋。でも床や壁をよく見ると、ところどころ修理した箇所が見えた。きっと相当なぼろさだったんだろう。


「座って、って言いたいんだけど、椅子は一脚しかなくて……」


 部屋には机と椅子、それと壁に備え付けられた棚と拾ってきたような木箱数個しか見当たらない。殺風景な部屋だ。台所すらない。もしかしたら最初はあったのかもしれないけど、直しようがなくて取り壊したのかもしれない。料理もできないんじゃ、毎日食堂に来るのもわかる。姉ちゃんに会いたいだけじゃなくて、そんなのも理由だったりするんだろうか。


「ウルリカさんは椅子を使ってください。アイヴァーは、悪いんだけど……家の修理材料に拾ってきたこれを使ってくれるかな」


 そう言ってハンネスは部屋隅に積み上げてあった木箱を持ってきた。本当に拾ってきた木箱だったんだ……。俺は簡単に頑丈さを確かめてから、仕方なく木箱に腰を下ろした。


 ようやく落ち着いた場ができて、それぞれ座る俺達の前にハンネスが立った。


「それじゃあ、アイヴァー、君の話を聞くよ。僕は全部答えるから」


 話してと目で促されて、俺は感情の抑えを取り払って聞いた。


「ハンネスは、俺達が狙われることになった責任を感じてるのか」


「もちろん。全部僕の責任だ」


「こうなるかもってわかってたんだろ? それなのにどうして話し続けたんだよ。俺達なんてどうでもよかったのか」


「そんなことは……いや、言い訳はするべきじゃないね。僕は……本当に自分のことしか考えてなかった。表の社会に馴染みたくて、ウルリカさんに会いたくて、そのための接点を作るために、アイヴァーに話し相手を頼んだんだ」


「ハンネスの危機感は、いつからあったんだよ」


「漠然としたものなら、やつらが復讐に動いてると知らされた時からあった。でもそれは僕だけに向けられたもので、周囲にまで及ぶとは考えてなかった。だから町から離れることもなかった。でも、やつらが僕の居場所を知って、刺客を送り込んできた時に、少しずつ感じ始めた。もしかしたらっていうものを」


 それが、姉ちゃんに気がないって嘘をついた理由……。にしても、刺客って、また物騒な言葉が出たな。


「ハンネスは何回襲われてるんだ」


「四回。偵察や尾行なら数え切れないよ。アイヴァーも見ただろ? 食堂に来てたのを」


 食堂……? 俺は記憶を巻き戻してみたけど、特に怪しげな人物は思い浮かばなかった。そんな怖そうな客、いたっけ?


「僕を慕うふりをして来た女だよ。あれはやつらの刺客だ」


 そう言われて俺は思い出した。いた。確かにそんな女性が来てた。しかも二回も。それをハンネスは見事にふってたな……あれは好みとかの問題じゃなくて、正体を知ってたからだったのか。


「別の色仕掛けはその前に二度受けてたからね。刺客だとすぐに見抜けた」


 でも、あの女性って誰かに殺されて見つかったんだよな。……ちょっと待てよ。その前に二度受けてたって、その女性が殺される前に、確か事件が二回あったって――俺は、はっとしてハンネスを見た。


「やっぱり、事件の犯人はハンネスだったのか!」


 ずばり言ってやると、ハンネスは慌てて首を横に振った。


「それは誤解だよ」


「だってハンネスを狙って来たやつなんだろ? 邪魔だから殺したっていうのが――」


「僕はもうそういうことはしないって決めたんだ。町に来てから誰かを手にかけたことはない」


「じゃあハンネスを狙う刺客を都合よく殺したのは誰なんだよ。そんな事情を知ってる人間なんて……」


 そこまで言って、俺は犯人に思い当たった。


「……もしかして、ロヴィサさんが?」


 聞くと、ハンネスは深くうなずいた。


「四件とも、全部?」


「ああ。ロヴィサが僕を心配して、勝手にやったんだ。でも半分は嫌がらせのつもりだったんだと思う。三人目までは僕が刺客と接触した後に、決まって消してたからね。僕が疑われて、家に戻ることを期待してたんだよ」


 そう言えば、空き地での話を盗み聞いた時に、そんなこと言ってた気がするな。


「事件の犯人が身内だって、僕は始めから知ってたんだ。でもそんなこと言えるわけもないし……知らないふりをしてたことは謝るよ」


 それで前にハンネスは食堂で、犯人は捕まらないって自信ありげに言ってたのか。暗殺を仕事にする人間なら、証拠を残さずに殺すことなんて簡単なんだろうな、多分……。


 俺はふと隣の姉ちゃんを見た。ぼーっと座ったまま、さっきから黙り続けてる。


「……姉ちゃん、姉ちゃんは何か言いたいことないの?」


「そうね……言いたいというか、ずっと考えていたんだけど……」


 視線を上げた姉ちゃんはハンネスを見た。


「話の最初のほうで、ハンネスさんは私に会いたいって言っていましたけど、それはどういう意味なんでしょうか。考えても、よくわからなくて……」


 姉ちゃんは小首をかしげてる。つまり、ハンネスは自分をふったはずなのに、どうしてその自分に会いたいなんて思うのか――そう言いたいんだろう。ハンネスのついた嘘で、いろいろややこしいんだよな、この辺りは……。


「アイヴァー、ウルリカさんに伝えちゃったのか?」


 驚いたようにハンネスが俺に言った。……気がないって伝えてくれって言ったのはハンネス、お前だろ! 俺は目でそう言い返した。


「伝えちゃったって、何がですか?」


「姉ちゃん、ハンネスが言ったことは忘れ――」


「待ってアイヴァー。もういいんだ。もう、隠さずに話すことにするよ」


「ちょ、ちょっと待てよ。ハンネスが嘘ついてたのは姉ちゃんを危ない目に巻き込みたくないからで、今話したら――」


「この命に誓って、僕はウルリカさんを守り通すよ。……アイヴァーもね」


 俺はついでかよ……。


「どういう、ことですか? 嘘だとか、私を守り通すとか……」


 困惑顔の姉ちゃんにハンネスは近付くと、穏やかに見つめながら言った。


「すべて僕の嘘だったんです。ウルリカさんを巻き込まないために、アイヴァーに頼んで気持ちに応えられないと伝えてもらったんですけど、本当は、ウルリカさんの僕に対する気持ちは、天にも舞い上がるほど嬉しかった」


「で、でも、ハンネスさんには好きな方がいるって……」


「ウルリカさんのことですよ。僕の心にはあなた一人しかいたことがありません」


「嘘……!」


 口元を両手で押さえた姉ちゃんの顔が見る見る赤くなってく。


「もう、嘘はつきません。これが僕の本心です」


 微笑むハンネスと動揺する姉ちゃんは、お互いの目をじっと見つめ合ってる――はあ、最悪だ。また問題だらけの恋人ができてしまった……。


「あなたは僕に、新たな道を作ってくれたんです。仕事をやめる決心をさせてくれたのは、ウルリカさん、あなたなんです」


「私は、ただ食堂で注文を聞いていただけで、何も――」


「いや、僕が食堂に通い始める前……この地域で大雨が降り続いた日を憶えてませんか?」


「大雨……ああ、真夏の頃だったかしら。暑さが一変して、肌寒い日が続いたのは憶えています」


「じゃあその日、食堂の軒下で雨宿りした男のことは?」


 姉ちゃんはしばらくうつむいてたけど、思い出したのか、弾かれたようにハンネスを見た。


「……いました。ずぶ濡れの男性が立っていて、私は中に入るよう声をかけました」


 これにハンネスは、にこりと笑った。


「それは僕なんです」


 姉ちゃんの目が丸くなる。


「今まで……気付きませんでした」


「無理もありません。その時の僕は仕事を終えたばかりで、しかも雨に濡れてひどい格好でしたから。でもその雨宿りが、僕の進む道を変えたきっかけなんです」


 ハンネスは視線を、明るくなり始めた窓の外に向けた。


「その頃僕は、依頼された仕事を淡々とこなす日々を繰り返してました。偵察にでかけ、情報を集めて、始末する……それが僕の当たり前の日常でした。でも相手の命を奪うたびに、僕は毎回胸の奥に違和感を覚えてたんです。どんなにあくどい相手でも、毎回……。最初はその正体がわかりませんでした。けれど次第にわかってきたんです。ああ、僕はこんなことしたくないんだって。相手に刃を突き刺すたびに、自分の心も同時に突き刺してるんだと。それで理解しました。この仕事に自分は向いてない。続けるべきじゃない。その気持ちはすぐに家族に伝えたけど、やめてどうするんだと説得されて、嫌々ながら続けるしかなかった……」


 人を殺して何とも思わない人間なんていないだろう。それでも暗殺を続けられるのは、それを仕事と割り切れる精神力があるから……。でもハンネスにはそこまで割り切る力はなかったのかもしれない。人殺しに感情なんてないと思ってたけど、少なくともハンネスには人並の心がまだ備わってるらしい。


「そんな心境の時、僕は仕事の帰りに、たまたま町を通ったんです。小雨だったのがだんだん強くなって、視界もかすむ大雨に変わると、さすがに雨粒が痛くて冷たくて……ちょうど目に留まった食堂の軒下で雨宿りすることにしたんです。やみそうにない雨だとはわかってましたけど、仕事で疲れた体を少し休めれられればと、五分ほど立ってた時に、ウルリカさん、あなたに声をかけられました」


 ハンネスの視線がまた姉ちゃんに向く。


「雨に濡れた僕を見て、てっきり追い出されるのかと思っていたら、嫌な顔もしないで中に入って休んでくださいと言われて……僕は驚きました。その時の僕の格好は、相手の目をあざむくために、わざと小汚い服を着てて、その上水が滴るほど濡れてました。そんな見ず知らずの男を快く入れてくれる優しさに、内心感動してました。でもウルリカさんの優しさはそれだけじゃなかった。これで拭いてくださいと綺麗なタオルを渡してくれて、さらには温かい野菜スープまで出してくれました。僕がお金を持ってないと言うと、これはまかないの分だから気にしないでくださいと言って、雲間から差し込む日の光のような、美しくて明るい笑顔を向けてくれました。僕は、その笑顔に一瞬で引き込まれました」


 姉ちゃんの何気ない親切と笑顔に惚れたってわけか。


「その後、家に帰り着いても、長いことウルリカさんの笑顔が頭から離れませんでした。仕事をしてても、ベッドで寝てても、頭のどこかにウルリカさんが忘れられずに残ってて、特に雨の日になると、またあの食堂へ行きたい衝動と共に、あの時の光景が鮮明によみがえってくるんです。それで僕は自覚しました。恋をしたんだと……」


 これまでの姉ちゃんの恋愛は、大体こっちから惚れる展開ばっかりだったけど、まさかハンネスのほうが先に惚れてたとは……。


「でも、裏社会で仕事をする僕は表社会には出られない。けれどウルリカさんに会いたい衝動はどうしても止められなかった……だから決心したんです。次の仕事を最後に、僕は表で生きてくことを。ウルリカさんにふさわしい男になるために。家族は、特にロヴィサには大反対されたけど、僕の気持ちが変わらないのを見て、渋々許されました。そうして僕は仕事から解放され、ウルリカさんのいる町に住み始めたんです。それが一年前のこと……」


 ハンネスは表情を少し曇らせて続ける。


「新生活を始めて間もなく、それを邪魔するかのような知らせを受けて、僕は悩みました。向こうの家で話した、復讐の話です。このまま町にい続けるのはよくないとは思ってました。でも僕には居心地がよくて、一日でも早く表の社会に馴染みたかった。何よりわずかな時間でもウルリカさんに会って言葉を交わせることが嬉しかったし、好意的になってくれたウルリカさんと離れたくなかった。けれど僕の気持ちを伝えれば、それがやつらの狙い目になることも考えられた。今はまだ大人しくするべきだと、僕は目立たないよう振る舞うことにしたんです。でも、とうとう刺客が僕の居場所を知って、そして事件騒ぎになってしまって、町の人達は僕を疑い始めました。これじゃ馴染むどころか、逆に弾かれそうな状況に追い込まれて、僕は不安だったんです。好意的なウルリカさんが心変わりしてしまうんじゃないかと……」


 するとハンネスの視線が俺のほうに向いた。


「そんな時、アイヴァー、君がやってきたんだ。君がウルリカさんの弟で、時々僕のことをちらちら見てくるのに気付いて、それをいいきっかけにさせてもらった。話し相手になってもらって、表社会から、ウルリカさんから離れないための、くさびの役割りをしてもらったんだ。でも、そんな必要はなかったかもしれないね。証拠のないただの噂くらいで、ウルリカさんは偏見を持つような人じゃなかったんだから」


「あの時ハンネスが友達になれないって言ったのは、親しくなりすぎると敵に目を付けられる心配があって、それでそう言ったのはわかるよ。でも俺達は狙われたんだ。それは結局、自分の下心のせいだったって認めたらどうなんだよ」


 呆れながら俺が言ってやると、ハンネスは苦笑いを浮かべた。


「下心か……そうだね。友達にはなれないけど話し相手にはなってほしい、告白はできないけど側にはいたい……アイヴァーの言う通り、二人を危険にさらしたのは僕のわがままな下心だ。本当に、ごめん。危機感を持った時点で真剣に考えるべきだった」


 苦笑いを消すと、ハンネスは姉ちゃんを真っすぐに見据えた。


「こんな状況に巻き込んでしまったことは、申し訳なく思ってますし、責任も感じてます。ただ、ウルリカさんを思う気持ちに偽りがないことだけはわかってください」


 そうだろうとも。姉ちゃんと仲良くなりたい一心でしくじったんだからな。


「この思いと命に懸けて、僕はあなたを守り続けます。責任を、必ず果たします」


 俺はまたないがしろ……っていうか、プロポーズっぽく聞こえたのは気のせいか?


「やっぱり……やっぱり思った通りでした」


 感激したように姉ちゃんは言う。


「ハンネスさんは、人を殺せるような方じゃなかった……!」


 いやいや、裏社会ですでにやってきてるんだけど。人、殺しちゃってるんだよ?


「嬉しいです。気持ちが通じ合えて……」


 頬を赤らめた姉ちゃんが、微笑むハンネスを見つめる。このまま放っておいたら、手でも握り合いそうだ。まずい。こんなのまずいぞ――俺はたまらず立ち上がった。


「姉ちゃん! 現実を考えろよ。俺達がハンネスの側にいたら、この先も変なやつらに狙われるんだぞ。最悪、殺されるかもしれないんだぞ」


「僕がそうはさせない。必ず二人を守る」


 力強く言うハンネスを俺は見返した。


「暗殺者と一緒にいろって言うのか? 悪いけど、そんな怖いこと俺は耐えられない。姉ちゃんと町を出て、今すぐ村へ帰るよ。今日そうする予定だったし」


 窓からは薄い陽光が差し込んで、もう起きてる鳥達のせわしない鳴き声が聞こえてくる。夜は明けたし、こんな危ないところからはさっさと離れるべきだ。


「アイヴァー、ハンネスさんを信用しないの?」


「そういう問題じゃなくて、ここにいたら俺達は確実に危ない目に遭うんだ。ハンネスが守ろうとどうしようと。それから逃れるために村へ帰ろうって――」


「帰っても危険だよ」


 ハンネスの真剣な声に俺は顔を向けた。


「帰っても、やつらはしつこく追ってくかもしれない。僕に何度も刺客をよこしたみたいにね。やつらに対処できる人間がいなきゃ、帰った村も安全とは言えない」


「……ねえアイヴァー、怖いのはわかるけど、私達はハンネスさんの側にいたほうがいいのよ」


「じゃあ、いつまでいればいいんだよ」


「私は、いつまででもいいけど……」


 照れながら姉ちゃんはハンネスを上目遣いに見た。


「姉ちゃんはそれでいいんだろうけど、俺はそうはいかないんだよ。ハンネスだってずっと俺達と一緒にいて守ることなんかできないんだし」


「責任は果たすと言った。二人は僕が責任を持って守り通す」


「さっきからハンネスは守る守るって言ってるけど、じゃあ具体的にどう守ってくれるんだ? 向こうはお前を殺す勢いで来るんだろ? もう誰も殺さないって決めたハンネスは一体どうやって対抗する気なんだよ。上手く撃退できたとしても、数が減ってない向こうは何度も襲いに来るぞ。それでも俺達を守り通せるって言えるのか?」


「アイヴァー、ハンネスさんに、私達のために人を殺せって言いたいの?」


 姉ちゃんが不審の目で俺を見てきた。


「ち、違う! 俺はこの問題の原因をどうにかしない限り、ずっと安全はないって言いたくて、ハンネスにはそこの考えがあるのか聞きたいだけだ」


 視線をやると、ハンネスはうつむき加減に難しい表情を浮かべた。


「それは……正直、まだ……」


 ふん、ほらな。問題解決の方法なんて持ってないんだ。


「でも、僕一人じゃ難しくても、何人か手があれば……」


 ハンネスは宙を見つめながら、何か考え始めた。


「……助けてくれそうな人でもいるのか?」


「まあね。弟子、みたいなものだけど……」


「弟子? 裏社会の職業にもそんなものがあるのか?」


「いや、みたいなもので、そういうわけじゃないんだけど。声をかければ、もしかしたら協力してくれるかもしれない。もう少し明るくなったら会いに行ってみるよ」


 そう言ってハンネスは窓に近付いて、外の様子を短くうかがってから俺達を見た。


「怖い思いをさせた上に、徹夜までさせてしまいました。疲れたでしょう? 休んでください。僕のベッドでよければ、少し横になって眠ってください。その間に食事を用意しますから」


 俺達、と言うか、主に姉ちゃんにそう言って、ハンネスは壁の棚にある袋の中をガサゴソ探り始めた。どうやらそこに食料が入ってるらしい。


「食事の用意なら私も――」


「缶詰を開けるだけですから。粗末なものだけで申し訳ないんですが……」


「そんなことありません。缶詰でも、ごちそうしてくださるのはとても嬉しいです」


「気を遣わないでください。これ以上疲れさせるわけにはいきませんから。こっちは任せて、休んでください」


「……それじゃ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 姉ちゃんはハンネスを気にしつつ、静かに隣の寝室へ行くと、綺麗に整ったベッドに腰かけた。


「アイヴァーも少し眠ったほうがいい」


 机に缶詰を並べながらハンネスが言う。


「姉ちゃんと一緒に?」


 俺は寝室をいちべつする。あのベッドはどう見ても一人しか寝られない。


「悪い。ここに人を招くとは思ってなかったから、毛布も一人分しかなくて」


「いいよ。死ぬほど眠くなればどこでだって寝られるさ。それより、ここは本当に安全なんだろうな」


「その心配はいらない。家に帰る時はいつも尾行がないか、気配を慎重に探ってるから。やつらにはこの場所は知られてないよ」


 笑みを見せながら言うハンネスの言葉を、俺は信じるしかない。できればこんなところ早く離れたい。でも今はハンネスに守ってもらうしかないんだ……。俺は強くなり始めた陽光に目を細めながら、壁を背にして座り込んだ。体から力が抜けると、急に疲れが押し寄せてきた感じがする。俺は、ベルイ村に帰れるんだろうか――そんな不安が胸の中を覆い尽くすのがわかった。

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