第32話 お別れ、にはまだ早い

 せっかくだから、とシェルリは謎の貧乏性を発揮して魚を捕った。

 ボートの縁から暗い水面に指先を入れる。

 すると、しばらくして魚がぷかっと浮いてきた。

 仕留めることはそんなに難しくはないんだ、やっぱりキモは探知なんだよなあ。


 私は浮いてきた魚をせっせとボートに水揚げした。

 活け締めとかしたいけど、血を湖水に流していいのかどうか判らないから止めておく。

 でっかい魔魚とか来たらイヤじゃん。


 いやシェルリがいるから来ないかな? そういやなんでシェルリがいると魔物が寄ってこないのか判らないままだ。

 でも聞けないし、聞かなくてもいいや。ヤバいスイッチ押したくないし、そんなリスクを取ってまで得たい情報でもない。


 シェルリが私を私のままで生かしたいと思ってくれたように、私もシェルリは私が知ってる分だけのシェルリでいいよ。



 森に戻って適当な枝を切って魚を刺し、肩に担いで宿に戻る。

 密漁にならないの? って聞いたらあの湖は元々釣り場なんだって。

 それにしては宿のメニューで魚は出てこなかったなあと思ったら、趣味で釣りや漁をやってる人が少人数いるだけで、その人達も獲った魚は売るだけで食べないんだと。

 ゲテモノ料理の扱いらしい。なんだそれ失礼な! 美味しいのに!


 よその土地ではちゃんと食べるので、宿では旅行客用に料理技術自体はあるとのこと。

 食べたい客が自分で釣ってきて頼むシステムなのだそうだ。

 こんな夜更けに厨房に人がいるのかな? と思ったけど、ちゃんと夜番の人がいたので魚を渡した。どんな料理になるんだろう。楽しみ。


 部屋に戻るとグラディもベルレも起きていた。

 ベルレが目ざとく私のアホ毛羽根を見つけて、ハァ?! って顔をした。


「知ったらお前は止めただろう」

「当たり前だ。なんてことを」


 アホ毛植毛されたんだからそりゃなんてことを! って感じだが。


「アレアは孤児院へ連れて行く。そこでお別れだ」

「イヤだね! 一生つきまとってやる!」


 シェルリの高々とした宣言に、つい条件反射で叫んでしまった。

 しまった。

 シェルリが一瞬停止し、それから首を傾げて私を見る。

 ごめんよ、悪かったよ。でも教官とそういう密約だから。


「一緒にいられないのは理解した。じゃあ一年離れて、またしばらく一緒に居て、また離れるとか、そういう方向で調整できない?」


 バラバラに離れた土地で暮らす家族や友人も、年末年始やお祭りでたまには会ったりするでしょうよ。そんな感じで時々会おうよ。離れてる間は手紙のやりとりでもしようよ。この世界の手紙のシステムどうなってるのか知らないけど。


 私はうるさく手紙を書くよ。シェルリが眠ってしまわないように。シェルリはせいぜい私の心配をすればいい。その辺は羽根を通じて伝わるのかな。

 グラディもシェルリのために私の心配をするがいいよ。ベルレはマジックバッグ作ってくださいホントお願いします金はなんとか作ってくるので。


 シェルリはベルレのために。

 グラディはシェルリのために。

 ベルレは……なんだろな、二人のためかな。


 それぞれ自分以外の人のため、私に期待している。

 正直重たい。重めんどくさいなって思った。

 でも考え方を変えれば、これで私は三人と対等になったともいえる。

 私達はかりそめの関係とはいえ、お互いが必要な存在となったのだから。



 ◇ ◇ ◇



 あれから。


 すったもんだの末、しめやかにお別れ会をしたけれど。

 どのみちセルバまではまだ一緒なんだよな、と朝の空気の中で皆で白けた。


 魚はムニエルとかグラタン的な処理をされるのかなと思ったら、意外にもド直球塩焼きでやってきた。

 正に焼いただけ。もうちょっとなんか仕事しろよと思うほどに。

 臭みはなかったけど……淡白過ぎて食感だけだった。香味野菜とかとスープにした方がよかったんじゃないかなあ。でもこの食感が好き、って人もいるかもしれないのか。


 シェルリと話した内容は、ベルレとグラディには内緒だ。

 もしかしたら判ってるかもしれないけれど、二人にとってはシェルリの精神活動が健全にアクティブであれば他は些末な問題だと思われ。

 私以外にもいい感じの存在が現れればそっちに乗り換えるか? っていうと、そういう話でもない。弾は多い方がいいからね。私の安全は担保されるのだ。


 昼過ぎに第三村を出発した。

 久々の馬車でプレシオが張り切っている。君は本当に元気な馬だな。

 なんと御者は私である!

 プレシオ任せだから手綱持ってるだけの人だけど。


 何故なら三人とも酒飲んで潰れてるから。

 村を出るからって最後に飲み溜めして、今荷台で気持ち良く寝てる。

 ダメな大人だー!


 ……でも以前ならこんな風に丸投げされることなんてなかった。

 私は「お客様」だったから。

 今は御覧の有様である。


 当たったパイエをかじりながら、魔法の練習をする。

 実は手綱に振動を通してプレシオと遊んでいた。右の手綱に振動を通すと、プレシオが右耳をパタタッと動かす。左の手綱で左耳。

 今はプレシオのターンで、プレシオが耳を動かした側に私が振動を通す。たまにフェイントをかけてくるのであなどれない。


 ルフィノさんの商会に入る、という案も出たのだけれど。

 私はゼロから仕切り直したかった。そして当たり前のルートで始めたかった。

 それがこの世界に馴染むという目的のスタートに相応しいかなと思って。

 だから当初の予定通りセルバの孤児院にいったん戻って、そこから再出発することにした。


 神様にチートもスキルも加護ももらえなかったけど。

 出会いには恵まれたから、このカードで勝負をしてみよう。

 うっかり命を狙われるパターンだってありそうだし、油断はできない。


 でもまあ、簡単に死ぬことはないんじゃないかなあって安心感はある。


 手を上げて頭の羽根を触る。

 屹立してるのはいくらなんでも不審すぎるだろう、ということで、髪の毛に混ぜて馴染ませてある。

 私の髪は伸びてきたら結構なくせ毛でフワフワしてるので、毛束の間に入れ込むと案外判らなくなった。


 これがある限り私は自動的にシェルリの視界に入っているも同然なので、死体さえ残れば蘇生してもらえると思う。

 死にかけたら綺麗に死なないと。

 間違っても骨まで焼き尽くされるとか、丸呑みで消化されるとかは回避しなければならない。


 まずは冒険者を目指す。

 その過程でいいルートが見つかったらそちらに。

 間違っても大事な旅立ちの日に酔い潰れるような人間にはならねぇ。


 馬車は街道をのんびりと進んでいった。

 いい天気だった。



〈終〉





――――――――――――――

これにて本編(第一章)完結です。

ここまでお読みくださってありがとうございました。


あとは別視点での挿話が少しだけあります。

主人公がいなかった場所で何があったのか、というあたりです。

よろしければお付き合いください。

評価、ご感想等いただけると幸いです。


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