第29話 おかえり、そして旅立ちの準備

 あれだけ何度も心配するな大丈夫って言うのは、実際はともかく私に不安がったり萎縮したりしないで欲しいっていうことなんだと思う。


 なので、シェルリにはちょっとだけ声を掛けて、後はお礼を言った。

 お陰で範囲魔法のとっかかりみたいなものが掴めたから。


 何故かシェルリは裸足だった。

 というか素足だった。

 まーツルツルのお美しいおみ足ですこと。おいズボンどうした。

 そりゃ丈の長いローブだけどいつぞやの聖女様の時のロングワンピースと違って、さすがに穿いてないのはドレスコード的にアウト寄りなのでは。


 私の視線に気付いたのか、シェルリは「破損した」とぶっきらぼうに言った。

 その口調や声音に驚いて、そして雰囲気も随分違うことに気付いた。

 ものすごく……怒ってるというか憤懣やるかたなし、といった風情で、荒れてる気がする。

 珍しくというか初めてではなかろうか。いつも安定して落ち着いた、冷静な人だったから。


 シェルリが私の肩を労うように軽く叩いて、二階に行った。

 そういう気安い仕草も初めてだった。

 私が首をひねっていると、ベルレが、


「アレアと別れた後、ものすごく嫌なことがあったんだ」


と言って肩を竦めた。

 ええ-、あの温厚なシェルリがあんな荒れるほど嫌なことって。

 触手魔草に巻き付かれてズボン破られたとか?

 なんか気分を変えられるようなことあるかな。

 せめてゆっくり寝かせてあげよう。


 そしてシェルリは一昼夜起きなかった。


 その間、私は引き続きお籠もりだ。

 ベルレとグラディは時々部屋を出ることがあったが、基本的に二人も部屋でのんびりしていた。

 ベルレはまたマジックバッグの回路図を広げて考え込んでるし、グラディは何か書類か手紙をカリカリと書いている。私はまだ読み終わってない本の続きを読む。

 ずっと前からみんなでここで暮らしているかのような、のんびりとした時間だった。


 起きてきたシェルリはすっかりいつも通りだった。

 私は飴細工の花を見せた。

 三人を待ってる間、気分転換もかねてあれから何度か飴を作ったんだよな。やることなかったというか、マルビナさんがすごく褒めてくれたので調子に乗ったというか。


「こんなに綺麗で、しかも食べられるなんて素敵ですね!」


 それなー。実際に食べるかどうかじゃないんだ、食べられるという付加価値があることにグッときちゃうんだよ人は。


 最終的に納得いって残しておいたのは薄ピンクの花弁がたくさん付いた花だ。

 バラだかサザンカだか判らない仕上がりだが、花びらがモリモリッとしてなかなかゴージャスである。

 花びらはつまんで力を入れると根元で折れて外れるようになっている。これでオサレに食べられるというわけ。ツバキは粉々になったし。


 ただ、葉っぱは野菜なのでなんつうか、葉ボタンの真ん中にバラがドッキングしたような微妙な姿なのだが、シェルリは意外にも大層喜んでくれた。


 手に乗せてためつすがめついつまでも眺めている。

 そこまでじっくり鑑賞するような出来でもないのでいたたまれない。子供の工作的なワー頑張ったねえーっていう一発芸のつもりだったのに。


「シェルリは人の手で作った複雑な工芸品が好きなんだ」


 ベルレが説明してくれた。そういう趣味だったんだ。

 レースとか好きらしい。確かにオール手作業でレースを編むのって気が狂うほど時間と手間がかかるよな。職人が失明したといわれてるぐらいだし。


 でも食べ物なので。

 飴だから食べれるよ、と言って花びらをブチッとむしって口に入れたら、初めて見るような顔で見られた。ごめんよ悪かったよ。


 飴の花はその後テーブルに置かれ、主にベルレが食ってた。

 頭使うと糖分欲しくなるものね。



 ◇ ◇ ◇



 二日ほどして、もうよかろうとのことで久しぶりに外出した。

 うわホント久しぶり。

 私はなんだかんだで半月ほど引き籠もってた気がするもん。


 全員で市場へ行った。

 メインストリートの店舗とはまた違う雰囲気だ。屋台や敷物の上に商品が積み上げられ、商人市を思い出す。

 そこで旅の用意を買い足した。


 いよいよセルバに向かって出発する。

 そういや結局、三人のこの村での用事はあの暴走スタンピードのことだったのかな。事前に知ってたの?


 買い足すと言っても主に食料で、それは宿の方に届けてもらえるよう手配していた。高価なものや細々したものをベルレとシェルリが持つ。

 荷物持ちの二人を先に宿に帰らせて、グラディは私を連れてお散歩だ。

 あまり村の中を見て回る時間もなかったから、最後にちょっとだけ観光しましょう、と言って。お気遣い痛み入る。でも嬉しい。


 村はまあ村だなあって感じだったけど、北門はなかなかにゴツかった。

 大きな丸太を連続して杭のように地面にブッ刺してるスタイル。汚れてはいるがまだまだ健在という感じだった。

 この村が町になり市になる過程でいつか石造りに建て直しされるのかな。


 先の暴走事件のせいでもあるのか、大門は閉じていた。脇の通用門みたいなところに兵士らしい一団が見える。結局領兵は来たんだろうか。


 北門の横に小高い丘があって、そこに登った。

 てっぺんまで登ると、北門の向こうが見えた。

 全体的には荒野で、街道らしき白い帯が延びている。森と思われるこんもりした盛り上がりがあったり、川っぽい筋があったりして、遠くは煙っている。


 ……えっ、隣国まで遠くない?!

 てっきり隣国の国境門みたいなのが見えると思ってたらガチの荒野じゃないですか。


「これでも空白地帯としてはまだ狭い方ですのよ」


 グラディが言った。一応、街道を繋げられる程度には近いのだと。


「外国に行くのは大変だ」

「そうですわね……金銭面ではそうですが、手段としては簡単に行けますよ」

「えっ」


 なんと。なんと!

 王都や主要都市を繋ぐ魔動列車があるのだそうだ!

 うおおおお見てえ、そして乗ってみてえ。

 金か! クソッ、やはり全ては金。冒険者としてのし上がって……は無理かもしれないけど、手堅く貯金していつか乗るぜ魔動列車。


 はるか彼方に見える……と言いたいがまったく見えない隣国メイディースを見やりながら、私達は柔らかな下草に並んで腰を下ろした。

 なんだかグラディが話があるっぽい空気を出していたので。


 陽が傾いて辺りがオレンジに染まる丘の上で、グラディは言いにくそうに切り出した。


「アレア。以前わたくしがアレアさえ良ければわたくし達と同行して欲しいと言ったことを覚えていますか?」

「うん」

「わたくしは今もそう思っておりますよ。ベルレとも話し合いましたが、ベルレも異議はないとのことでした。でも」


 そこで言葉を切って、グラディは視線を落とし首を傾げた。

 解せぬ、という顔だ。


「シェルリが拒否しました」



 ◇ ◇ ◇



「えっ」


 えっ。……いや、えっ。

 私はひどく混乱した。カッと顔が熱くなって、動悸が激しくなる。

 き、嫌われた? だったらもう生きていけない。いや別に生きていけるけど、立ち直るのにハンパない時間と根性がいるんですけど!

 グラディは未だ解せぬ、という顔で続ける。


「シェルリはアレアのことを気にかけておりますよ。そこはわたくし達も保証いたします。……ただ、どうしてもアレアと一緒に行けない理由がシェルリにはあるようなのです。ですがそれをわたくし達に話してはくれません。もしかしたらアレアには話すかもしれません」


 き、嫌われてるわけじゃないのか。よかった。よかったけど、一緒にいちゃダメなの? 旅がしたいとかいってないで町で手堅く就職して堅気に生きろとか? でも冒険者になることに反対された記憶はないし。


「今後のことについてシェルリからアレアに話があるようです。わたくし達の同席は拒否されました。わたくし達はシェルリの意志を尊重します。でも、その前にアレアに聞いて欲しいことがあるのです」


 黄昏れてきた丘の上で、グラディはこっそりと内緒話をするように私に身を寄せた。初めて会った日の夜のように。


「初めてお会いした日、アレアは『どうして?』とおたずねになりましたわね。わたくしはお時間をいただきたいと答えました。――いただいたお時間が十分だったかどうかわたくしには確証がありませんが、今、あの時のお返事をいたします」


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